「あ、ちょっと待って…」
恐ろしい敵を倒した喜びに湧く中、マユミの耳で揺れるシーバのピアスが通信コールを告げるリンと小さな音を立てた。
「はいはいもしもし?…もしも~し!?」
『………マユミか?』
「他に誰が出るっていうのよ」
『そう、だな』
ようやくまともに会話は出来そうだが、通信の具合は万全ではないらしい。
「私のことが心配でたまらないでしょうけど、大丈夫よ。ほら、手記にあったでしょ?500年前にも巻き込まれた、『知の祝祭』よ」
『500年…前…?』
シーバのピアス越しに、戸惑いが窺い知れる。
クマヤンはどうもピンと来ていないようだ。
初代の残した手記、彼と挑んだ冒険は膨大な量だから、致し方ないかもしれない。
「生憎とあの時組んだセレン姐さんみたいな天才じゃないけれど、さっきの女性客、あ~えっと、ユクさん、てお名前らしいんだけども、なかなかに見処のある人でね。問題ないと思うから、せいぜい美味しいご飯、用意しといて頂戴」
『………何か、リクエストはあるか?』
「そうねぇ…あ、アレがいいわ!セレン姐さんのこと思い出したら、カレーが食べたくなっちゃった!」
『…!』
返答はないが、勝手知ったる仲だ、はっと息を飲み、何処かショックを受けたような空気をマユミは汲み取る。
「何よ。さっきユクさんに振る舞ったとこだから、まだ残ってるでしょ?じゃ、今2問目が終わったから、あとは1問だけよ。もう少し待ってて。あ、多分、他にも何人か、一緒だと思うからカレー以外も色々適当によろしく!!」
『…了解した』
「…変なの」
相手は確かにクマヤンで間違いないと思うのだが、何処か噛み合わなさを感じつつ、マユミはシーバのピアスの通信を切った。
「ごめんごめん、お待たせ~!」
訪問当日の予約キャンセルは重罪である。
兎にも角にも、クマヤン酒場に団体客の予約を取ったからには、全員無事に帰還しなければ。
美味しいカレーも待っている。
気合いを新たに、扉前で待つ三人のもとへ舞うマユミであった。
「………何だか色々理解が追いつかないんだけど」
盗み聞きするつもりはなかったが、弓兵の鋭敏な聴力はクマヤンとマユミの会話をどうしたって拾ってしまう。
先程クマヤン宛に飛び込んだ『クマヤン』からの通信も実に奇妙である。
レオナルドがいつかの『影』のような特殊なモンスターの介入を疑う中、クマヤンはといえば、金縁の眼鏡を取り出してあたりをキョロキョロと見渡し、顎に指をあてて少し考え込んだあと、こらえきれずにくつくつと笑った。
「…大丈夫?」
「ああ、いや、何でもない、何でもないんだ。ただ、嬉しくてな」
「………?」
モンスターも、妖精も、アストルティアの民に比して遥かに永い寿命をもつ。
レオナルドも自分も、いつか相棒を残して先に逝くだろう。
だから、自分がいなくとも大丈夫だろうとさらっと言えるレオナルドを羨んだが、それはとんだ杞憂だった。
「…500年後、か」
世襲か、はたまた名を継いだか。
その辺の細かい話はどうでもいいさ。
とにかくこの先も、マユミの隣には『クマヤン』がいる。
マユミとクマヤンの冒険は、ずっと先のアストルティアにまで、繋がっているのだ。
こんなに嬉しいことはない。
「なぁ、レオナルド」
「ん?」
「どうやら来世の俺は、戦士団伝来のイカスミ入りカレーを食べるどころか、店で作って振る舞ってるらしい」
「………はぁ!?」
頭を打った、触手に締められた事による酸欠、もしくは先程の通信に何か仕込まれていた。
あらゆる可能性がレオナルドの頭を巡る。
手持ちのアイテムに混乱を解くものは無かったか。
ポーチを漁り始めるレオナルドを制して、次の部屋への扉へ向かう。
アイテム鑑定用の眼鏡で確認し判明したことだが、どうもこの城は時の止まった材質で造られているらしい。
異次元空間に建物を造る時の常套手段だ。
だとすれば、次元の壁を挟んだことでシーバのピアスの通信が時間軸の乱れを起こすことも考えられない話ではない。
「…それにしても、未来でも巻き込まれてるとはな。くくっ」
相棒のトラブル体質は相変わらずらしい。
そうだ、声が繋がったのだから、もしかしたら、500年後の世界に直接向かう手段だってあるかもしれない。
ろくでもない事に巻き込まれたものだと思ったが、やはりどんな冒険でも面白い。
未だ心配するレオナルドをよそに、クマヤンの顔には霧の晴れたような清々しい笑みが浮かんでいるのだった。
続く