繰り返し鐘が鳴る度、視界は白み、輪郭を失っていく。
疲労から抗う事もできず、完全に視界が霧に覆われたかのように純白に染まった後、ユクとマユミはこれまでと同じ石造りながら、円形で壁の代わりに柱が等間隔で立ち並び、広く空の見渡せる部屋に転移していた。
目の前には、マユミには懐かしい特異なる色彩のやみしばりとひとつめピエロ、知の盟主とその従者キルルが佇んでいた。
ユクが気付くのを待って、盟主と従者は深々と頭を下げる。
「此度は様々な手違いがあり、迷惑をかけた。大変申し訳なく思う」
「ふん!まったくよ!!」
「…此度も前回も、そなたを招待したつもりはないのだがな」
「ああん!?」
やんのかステップで睨み合いを始めるマユミとキルルを盟主は制す。
「止さんかキルル。あいすまぬ。巻き込んだのは事実だ、失言であった」
500年前の時は最後の最後まで不遜であった盟主のしおらしい姿に、確かに今回、とりわけ最後のアレは不慮の事故というのは事実なのだろうと、マユミはとりあえずの溜飲を下す。
「あの…」
「他の参加者達は無事だ。魔物が討ち果たされた事により、竜族の神官の毒も消えている」
ユクの懸念を汲み取り、盟主はやんわりと答えた。
しかしそうなると、何故自分が今、マユミとともにこの部屋に通されたのかという疑問が湧く。
それに答えるように知の盟主は続けた。
「この城塞は、ありとあらゆる災厄を封じる箱。その蓋を閉じる鍵となるのは、たった一つの希望だ。故に我は、封が弱まる度、類稀なる知ある者、特異なる力持つ者を集め、試練の果てにその答えを問うてきた」なるほどそう言われればユクも納得である。
自分がそのラインナップに組み込まれていることを除けば。
首どころか腰から傾げて悩むそのユクの疑問には答えず、知の盟主は告げる。
「さぁ、これにて最後。問おう、最上階への到達者よ。インパスに示された逃れられぬ運命を退けてきた者よ。生きとし生けるものはやがて皆、息絶える。この大地にもまた、いずれ必ず滅びが訪れる。それでもなお、何故力強く明日を歩み続けることが出来るのか?」
この問いだけは、インパスを使って答えを知ることは出来ない。
しかし、だ。
それが正解かどうかなんて、知る由はない。
それでもそんな簡単な問いの答えならば、最初から決まっている。
「それは………………………から」
それは奇しくも500年前、マユミとともにこの部屋を訪れたルシナ村を束ねる女傑と同じ言葉だった。
「…で、あるか」
胸を張って答えるユクの解を聞き届け、闇に包まれ覗き見ることの出来ない相貌、それでも確かに知の盟主は柔らかな笑みを浮かべる。
「よかろう。その答えをもって、此度の祝祭を終えるとしよう。仲間とともに、もとの世界へ戻るが良い」「「…へっ?」」
盟主の言葉と共に床が抜けるものだから、ユクとマユミは揃って間抜けな声をあげる。
いくつもいくつも、天井も床も無くなった部屋を上から下へ潜り抜けるように加速しながら落下して、ユクは遥かレンダーシア上空の空へ放り出される。
初めて目の当たりにした、知の城塞の全容。
古めかしく、あちこちが朽ちてはいれど、グランゼドーラ城に匹敵する巨大な城塞が出鱈目に空に浮いている。
ユクの眼前であちらこちらから矢の如き無数の金属柱が城塞の壁を打ち破り生え出て、ユクの落下を上回る速度で伸び続けながら城塞をぐるりと取り囲んでいき、すっかり巨大な球体を成した後、嘘のようにぱっと城塞はその姿を消すのであった。
続く