そう広くない酒場、さりとて、この人数でいっぱいになるほど狭くはない。
しかし、1つの冒険を終えての歓談、まるで満席であるかのように賑やかにならぬはずもない。
思い思いに労をねぎらい、居並ぶ料理に舌鼓を打つ。
詳しく話を聞きたいのは山々だが、ここで口を挟むほどルシェンダは無粋ではない。
しかしユルールと関わるようになる前だったらどうだっただろうか。
随分、柔軟になったものだと自嘲し、皆のテーブルから離れたカウンターの隅でロングアイランドアイスティーのおさまったグラスを傾ける。
「…うむ、うまい。やはり良い酒場だ。今度はエイドスでも連れてくるか」
一瞬で重責から胃に穴が開きそうなルシェンダの言葉をクマヤンが聞き逃したのは、かえって幸いだったのかもしれない。
テキーラにホワイトラム、ジンにコアントロー。
紅茶の名を冠しながら一滴も紅茶を使わず、見た目と味を近づけたレディキラーとも呼ばれるアルコール度数の高いカクテルを平気な顔で味わう姿は、流石の貫禄である。
ルシェンダの視線の先では、ちょうどクマヤンがカレーを給するところだ。
コク深いこのカレーは、米でもナンでもどちらともよくマッチする。
各々の要望をマユミがメモし、クマヤンはテキパキと皆の手元に送り届ける。
「…まぁ…このカレー、お城の料理に引けを取らない奥行きを感じます」
「ああそれね、オセアーノンのイカスミを隠し味に使ってるのよ!」
アンルシアはマユミづてに秘密を知って一瞬躊躇を見せたが、その味とスパイスの香りには逆らえず、スプーンは止まらない。
「へえ!面白いな!そんな使い道があるなんて!」
流石は盟友と言うべきか、ユルールは動じずメギス鶏のからあげをカレーに浸して頬張った。
「うん、美味い!」
他にもガタラポークの一口カツにウインナー、ツスクル産のカボチャとナスの素揚げなど、テーブルにはカレーのトッピングも迷うほどに用意されている。
「あ~~~、幸せ…」
一方のユクはといえば、食いっぱぐれた桃のパフェをもう一度用意してもらい、ベジファーストならぬスイーツファーストを堪能している。
エルトナの盆地で育まれた白桃はバニラの甘みに負けない芳醇な果汁を弾けさせる。
「美味しそう!私も作ってもらおうかしら」
「私も!」
「あ、私も!!」
ここには食事の途中でデザートを挟むを無作法と謗る声もない。
ごろごろの肉団子が積まれたスパゲッティに、辛味を抑えた麻婆豆腐、ミートソースと溶かしたチーズをかけたフライドポテトにフィッシュ&チップス。
酒に合わせる想定の料理であるためどれも味が濃い目だが、疲れた身体にはそれもまた嬉しい。
色とりどりのパーティメニューと、この冒険で生まれた確かな絆を胸に、少女達はようやく心からの笑顔を浮かべる。
クエストを終えた一同の食欲はおさまるところを知らず、まだまだコンロの火は落とせそうにない。
皆を満腹にするというクマヤンのクエストは今なお始まったばかりだ。
鍋を振るいチャーハンを踊らせながら、団欒の様子を柔らかな笑みで見守るクマヤンの肩へ、マユミが舞い降りた。
「いや~、要望通りだわ。ありがと!」
「ん?ああ…」
勿論、クマヤンはマユミからそんな要望は聞いていない。
初代クマヤンの遺した手記、知の祝祭に関する記述の最後には、こうあった。
『マユミがまた知の祝祭に巻き込まれた時は、イカスミのカレーと作れるだけの料理を用意して待つように』
マユミの耳で揺れるシーバのピアスがキラリと光る。当のマユミは気付いていないようだが、次元の乱れの影響か、前回の知の祝祭に巻き込まれた折、初代は恐らくシーバのピアスを通して未来のマユミと話をしたのだろう。
500年の時を跨いだ来店予約とは、何とも愉快な話ではないか。
「…叶うなら、俺も話をしてみたいものだな」
クマヤンはその根拠もない夢のような願望が、そう遠くない未来に結実することを知らない。
そしてそれは、クマヤンだけの話ではない。
それが誰であろうとも、冒険者の明日には、いつだって眩しい奇跡のような瞬間が待っている。
There are miracles waiting for me ~完~