レイダメテスの脅威から解放され、牛歩ではあれど復興に向かい歩み始めたアストルティア。
冒険者にして旅の武器商人であるクマヤンもまた、ほうぼうから引く手数多、目まぐるしく村から村へと駆け回る。
その最中に通りすがったとある街では、野外にテーブルをいくつも並べ、盛大なパーティが開かれていた。街の中央のひときわ大きなテーブルには、切り分ければ住民全員に充分に行き渡りそうな巨大なケーキが置かれ、皆が持ち寄ったのであろう、色とりどりの不揃いの蝋燭が数え切れないほど立ち並んでいる。
「………あれはどんな風習?」
妖精族には、バースデーケーキの習慣はない。
歳の数ほど蝋燭など立てようものなら、その姿はたいていが、ちびっ子の考えた大砲ドカ盛りの最強の海賊船よろしく、はりせんもぐらのようなただの刺々しい蝋燭の塊と化すだろう。
やむを得ない話である。
「誕生日祝い、だろうな…」
既に浅からぬ付き合いである、クマヤンの返答に含まれる苦みあるニュアンスをマユミはしっかり汲み取った。
見渡す限り、ケーキに蝋燭で喜びそうな子どもの姿は見受けられない。
この街は特に、レイダメテスの周回ルートに近かった。
………幼い身であの災禍を生き延びることは、かなわなかったのだろう。
しかしながら住民の顔に悲しみの色は薄い。
祝ってやれなかった子どもたちの誕生日を、せめて今日は精一杯に華やかに。
そんな思いで、空から見てくれているであろう子どもたちに祝福の声が届くようにと、今日この日だけは努めて明るく振る舞うと、皆で決めていたのだ。
「………行こう」
差し当たって、この街に武器は必要ないだろう。
せめてもの手向けに、綺麗に空を彩る花火を街の長に託し、クマヤンとマユミは街をあとにすることにした。
「…ごめん、ちょっと疲れちゃった…休ませて」
林道に入ってすぐ、著しく魔力を消耗した時のように青ざめた様子のマユミを鞄の中に拵えたベッドへ休ませ、花火の音を背に先を急ぐ。
その夜、街の住民達は、失った子どもたちと共にあらためて迎えられなかった誕生日を祝う、哀しくも幸せな夢を見た。
交わした言葉は勿論異なるが、子どもたちは皆それぞれに、妖精さんがもう一度、ママやパパに会う時間を作ってくれたと口にしたという………
それから、500年。
「これは、レイダメテスの被害にあい喪われた子供たちを、天の国へと誘ってくれたという守護天使様の像。今でも守り神様として、街の子供の誕生日はこの像の前で祝うんだとさ」
クマヤンとマユミは、かつて初代クマヤンの訪れた街へとやってきていた。
「ほら、一緒にお祈りを捧げよう」
クマヤンはマユミを促すと、跪き手を握り合わせて敬虔に祈る。
「……全ッ然似てない」
クマヤンを尻目に、マユミはポツリと愚痴をこぼす。まず胸が小さい。
鼻も低い。
自分とは似ても似つかぬが、当時の街の住民が夢の中の子どもたちの言葉をもとに、感謝を込めて造ったという像をマユミは見上げる。
長い時を経て傷み、随分と光沢もくすんでしまってはいるが、出来る限りに大切に手入れをされてきたことは伝わる。
「まぁでも…良い時代になったわよね」
メロディにつられて誕生日を祝う歌を口ずさむ。
それは500年前のような、主役が不在の祝い歌ではない。
親にちゃんと別れを告げられず彷徨う魂はここにはなく、マユミがせめて心残りを拭ってやる必要も、もう無いのだ。
~Happy Birthday~