それは、古くから伝わる、他愛もない話。
曰く、百体の魔物を手づから屠りその血を浴びれば、その身は矮小なるアストルティア5種族の軛を逃れ、魔人に等しき力が手に入る。
馬鹿げた話だ。
それが事実であれば、冒険者たちなど、とうの昔に皆化け物と化している。
しかし、果たして本当に、それはただの与太話なのだろうか?
火のないところに煙は立たない。
どんなにいい加減な話にも、その元となったモノがある。
「ちょっ…多すぎだろオイっ!!」
爆風域は勿論計算しつつも、半ばやけくそ気味にマージンはギガボンバーをいくつか放り投げる。
爆弾工作員の作り上げた爆炎の壁、しかし俊敏さに長けたキラーパンサーの数体が毛皮が焼けるも厭わず火の粉をまとわせ突き抜けてくる。
「黙って働く!飲み込まれるわよ!!」
マージンの妻、ティードは鋭く鞭を振るい、迫るキラーパンサーに対処する。
パァンと小気味良く獣を打ち据える音が幾度も響くが、なお躙り寄りティードに飛びかかった一体の鳩尾に拳を埋め込み、胃液を撒き散らしもんどり打って倒れ伏したキラーパンサーの頸椎を鋼板仕込みのブーツで踏み砕いた。
口にこそしないが、敵の物量に辟易しているのはティードもマージンと変わりない。
そして何よりも気掛かりなのは、背後の虎酒家の店内、この荒波のような虎の群れの首魁とたった一人で対峙しているミアキスのことである。
一介の料理人のみならず、ただならぬ人物であるとは察するが、マージンと自分、鉄壁の防衛線を一瞬で抜き去り消えて行った、初めて見るあの魔物に果たして対処できるのだろうか。
虎酒家に引き取られた孤児たちはミアキスの娘イルマとともに新しい虎酒家へ引っ越し済み、近隣には在住者のある建物もない。
いざという時は、店を爆破するようにと言付かっているが、それは断じて今ではない。
どのみち明日には解体のため吹き飛ばす予定とはいえ、この虎酒家はかつてマージンと共に訪れ、先だっては結婚式を開いた会場でもある思い出の店なのだ。
せめて穏やかに然るべく見送りたい。
ミアキスがまだ存命である証、店内から断続的に轟く打撃音と獣の咆哮を耳にしながら、今はただ虎の群れに集中するティードであった。
そして、そんな激しい争乱の様子を、一人のウェディが虎酒家の2階テラスから眺めていた。
普段は豪奢な貴金属や宝石の数々で着飾りヴェリナードのアクセサリー屋の店頭に立つ彼女であるが、今日に限っては全てを取り去り、至ってシンプルに伝統的なウェディの種族服のみを身にまとっている。
そも、それでも繁盛する店であるが故に気にする者は少ないが、虎酒家の立地はけして良くない、いや、極めて悪い。
村からはかなり離れ、ポツンと佇む訳では無いが居並ぶ5軒ほどの建物はみな空き家で、吹けば倒壊しそうなほどに荒れていた。
その所以が、この夜行にあったというわけか。
辺鄙な立地に合点がいって、階下へ降りようとした刹那、不意に虎酒家を護る爆炎の壁が縦に割れる。
斬撃による真空で障害を割り開き現れたるは、先まで押し寄せていた四足獣たちとは一線を画す白豹の頭を持つ武人。
ティードは続けて振るわれる太刀を前にこれでは不利と見て鞭を捨て、マージンから投げ渡されたソードブレイカーを逆手に構えて斬撃を受け止める。
果敢に太刀を折ろうと狙うが、獣の疾さを持つ剣客相手に首を繋ぐのが精一杯、マージンもまた絶えず爆弾を放ち、他のモンスターを食い止めるのに精一杯で援護は期待できない。
瞬きの間に腹を決め、何合目か分からない刃の衝突の折にあえて大きくナイフを弾かせ蹌踉めいたふりを見せる。
果たして好機とみて一歩踏み込んだ相手のこめかみを目掛けて、弾かれたナイフの軌道と勢いのままにぐるりと身を捻り、空中で一回転加速をつけてから叩き付ける。
狙いは正しかったが、マージンが合間に挟んだフラッシュバンがなければ、ティードの上半身と下半身は泣き別れていたかもしれない。
それほどの綱渡りを要する強敵であり、面目躍如というべきか、ティードを援護するため僅かにマージンの爆弾さばきに生じた隙を獣達は見逃さず、マージンとティードはぐるりと虎に取り囲まれてしまうのであった。
続く