「………上手に、なっただろう?」
包丁の握り方、野菜の刻み方、調味料の配合に火加減。
もっと近くで真面目に聞いていれば、今日この時は違っていたかもしれないと、思わない日は1日もない。力に溺れるのはむしろ、私の方であって然るべきだっただろうに。
隣りに立つ者の大切さに気づくのは、いつだって失ってからだ。
「何か、おっしゃいました?」
「気にすんな!独り言だよ!!」
少々と呼ぶにも憚られるごくごく僅かな待ち時間で、綺麗な半球に固められた湯気香るチャーハンと、卵とニラのみのシンプルな鶏ガラスープが4人分どんと運ばれてくる。
「美味っ!!!」
疲れていても香りに操られて腕は動きレンゲを振るう。
虎酒家で平素提供されるそれと違い、刻みニンニクの目が粗く、量も多いカスタムレシピ。
それは修行の合間、いつも彼がミアキスのために用意していた味だった。
食欲に任せてチャーハンをガツガツ消化していく3人を横目に、一人厨房で鍋の残りを盛り付ける。
「………うん、不味い。アンタが作ったやつとは、比べ物にならないよ」
瞬く間に掻き込んだあと、ミアキスの目に光った涙は、誰の目にとまることもなかった。
やがて4人が飯を終える頃には、待ち焦がれた朝日が顔を覗かせている。
「もしかしたらもう拝めないかもと思っていた。何の変哲もない朝日だが、綺麗なもんさね」
「ええ、まるで宝石のようですね」
マージンとティードは、あらかじめ仕掛けてあった爆弾に異常がないか、早くも念入りに確認に取り掛かっている。
長らく過ごしたこの建物とも、お別れのときが近い。
「ところで、『夜行石』ってのかい。そんな大層な名前があったとはね」
その由縁は500年前に砕け散ったレイダメテスの欠片が転じたとも、9本の尾を持つ大妖を封じた巨石が恨みにより変化したとも噂され、真偽は定かではない。
「その名前はカミハルムイに伝わっていたものです。ちょうど先日あちらの方で、恐らく同種と思われるモンスターと、出くわしまして」
「ほう」
「あちらは『虎』ではなく『鬼』でしたが、強い肉体を持つ者に寄生し、赤い月の浮かぶ結界内で百体の眷属と共に襲い来るモンスター。無関係にしては出来すぎでしょう」
確かにそこまで状況が被るというのは、無関係ではあるまい。
「なるほど、百『鬼』夜行、それで『夜行石』か」
頷きながら、どっかと軒先の岩に腰掛ける。
「どうせまだ発破まで時間はあるんだ、聞かせてくれよ、そちらの顛末を」
「私も店があるのですけれど…まあ、そうですね、せっかく美味しい料理を頂きましたし、腹ごなしに1つ、お話ししましょうか」
リーネの無二の親友を巻き込んだその騒動、それは、とある剣士の失踪から始まったのだった。
続く