「あ~~~、いいですね!いいですね!!」
糸目のプクリポのカメラマンが囃し立てる中、黒いハットを斜めに被り色気あふれるアンニュイな視線をプリティサングラスで飾るウェディの女性は、ぐいと上半身を乗り出し揃え立てた指を唇に添えて、投げキッスをぶっ放した瞬間のポーズをとる。
その身を包むは、オスシがリリィアンヌのもとでデザインした大人のクリスマスのひとときをコンセプトとするシックなドレスである。
短くまとめた髪がまた、エレガントさを存分に醸し出している。
お次は新進気鋭のブランド、オガデスの一着。
オスシのデザインしたもの以外を仕事で着るのは年単位で久方ぶりである。
妹ピピィアンヌとの対決と和解を経て、モードに対する考え方も柔軟に変わったリリィアンヌの新たな事業の一環で、人気を得てはいるもののまだまだ発信力が小さく、ともすれば埋もれかねないが確かに光るセンスを持つデザイナーの手助けになればと、今度のカタログに合同掲載されるのだ。
しかしながらよもやオガデスのデザイナーが、かつて姉いなりの道場を訪れたこともある占い師、ユクであったことにオスシは驚いた。
「うん、いいね。カジュアルで、動きやすさバッチリ。その辺はやっぱ、デザイナーが冒険者だからかな」ボディラインにぴたり張り付き、へその見える丈に抑えたタイトなスウェット、ジャケットは肘にかけるように羽織り、ポーズをあれやこれやと考えながら感想を述べる。
ボトムはややゆったりと余裕があり、黒一色に統一した上下をジャケットの袖から続く白のラインが足首まで貫き、シンプルながらアクティブなイメージを誇張している。
「なるほど、なるほど」
勿論事前に実物を拝んでいるオスシではあるが、モデルの実際の着こなし、その全体シルエット、忌憚のない意見は何物にも代え難い。
モード界全体の発展のみならず、自社デザイナーの成長も促せる。
リリィアンヌにとっても一石二鳥なのだ。
撮影は次々と進み、白いスクリーンをバックにポーズと衣装を次々と切り替え、数多の写真におさめられていく友人の姿を、いなりはスタジオの端に用意されたスペースで頬杖をつきながらぼんやり眺めていた。
そんな心此処にあらずな姉の様子がオスシは心配であるものの、理由が理由だけにどうすることも出来ないと知るがゆえ、今は仕事に集中することに努めていた。
「じにーさん、背中のファスナーしめます」
「ういうい~、よろしく!」
先程からオスシのサポートを受けながらカメラの前に立つ彼女の名はじにー、リリィアンヌブランドのモデルの一人である。
「…よっ、と。サイズ、大丈夫です?」
「バッチリ!すっかり隅々まで私の身体、知られちゃってるわぁ。ふふ。ところでさ…」
もはや何着目になるかわからない着替えをオスシは表面上テキパキと手伝っているものの、ほぼほぼ専属モデル、専属デザイナーのような付き合い故に、ごくごく僅かなオスシの異常に気付かぬじにーではない。
「いなり、何かあったの?」
そしてオスシの仕事に対する姿勢もよく知っている。ここまで調子を狂わすのは、自分自身の問題ではなく、きっとあからさまに様子のおかしい姉にまつわることに違いない。
「あ~…まあその…色々と…」
予想は当たったようだが、オスシの返答は絵に描いたように歯切れが悪い。
「ふぅん?」
自分のことではないから、というよりは、内容が内容だけに話しづらいという雰囲気をじにーは感じ取る。撮影はハードな仕事だ。
疲れも溜まるし腹も減る。
ここは一つ、打ち上げにかこつけて一肌脱ごうではないか。
「残り3着だっけ?さ、バシッとやっつけちゃお!」撮影は丸一日がかり、終える頃にはディナーに相応しい時間になるだろう。
何処の店が良いだろうか。
食欲と相談しながら次々とポーズを決めるじにーであった。
続く