「………重症だねぇ」
ハードワーク後に相応しいガッツリ飯といえば、やはり肉である。
しかしモデルたるもの、体型維持の為に鶏肉をチョイスした。
とはいえここはいつぞやヒッサァとらぐっちょが舌鼓をうったフライドチキンの食べ放題専門店であり、何も言い訳はできない。
骨がなくカリカリサクサクの衣が小気味良いクリスピーチキンなるものを齧りながら、絶賛挙動不審な友人をまじまじと眺めた。
掬えてはいるのだろうが、オスシが持ってきてくれたコーンスープをフォークで口に運ぶ姿は見るに耐えない。
モデルの合間に冒険者としてクエストをこなすじにーと違い、いなりは一から十まで武を生業としている。それ故か、常に凛々しい様がじにーの記憶には刻まれており、ここまでグダグダな姿を見るのは初めてのことだ。
アイコンタクトで了承をとり、オスシはいなりに代わり掻い摘んで事情を語る。
「少し前から、かげろう様という冒険者の方と当家は懇意にしてまして…」
悪夢の世界の王を巡る騒動に巻き込まれいなりが怪我をした時を始めとして、以降続くかげろうといなり家の関係をじにーは聞き届け、香り高いスープカレーにフライドチキンをほぐし入れながら話を噛み砕く。
「ほう?つまり?勝手気ままにいなりの屋敷にお邪魔して?飯に風呂、たまには寝泊まりまで?『無償』で?」
無償というところに、特にイントネーションが集約される。
「………………………それヒモってやつじゃん!!うらやましい!!!」
「え、ヒモ?う、うらやま…?」
勤労の喜びを知るオスシにとっては、ヒモという言葉の意味も知らなければ、じにーの価値感も伝わらず困惑するばかりである。
オスシが一人でカミハルムイを出ることをいなりは忌避しており、その為、じにーの側から採寸や衣装合わせのためにいなり家を訪れ、時には諸々長引いて宿泊したことも少なからずある。
いなりの屋敷は控え目に言って豪邸で、いなりとオスシの作る飯は料亭に並べられるほど巧みで美味しく、布団はやわらかウールが惜しげもなく使われて雲の如くフカフカで、浴室は高級宿の大浴場にひけをとらない。
実際、そこをタダで使いたい放題とは、じにーに羨ましがるなという方が無理があるのかもしれない。
「ああ、ごめんごめん、脱線しちゃった。で、その人がぱったり来なくなったと。いいじゃない、食費が浮いて」
「………そんな言い方…」
ずっと黙りこくってレモンゼリーをつついていたいなりが口を尖らせる。
「ごめんて、つい。…んで?そのかげろうって人、どんくらい顔みせないの?」
「ちょうど一週間になります」
「一週間!?たったの!?」
たったそれだけの期間と、オスシの答えにじにーが驚くのは無理もないし、じにーのリアクションに再びいなりが口を尖らせるのもまたやむなしである。
「も~、ごめんて」
くしゃくしゃといなりの黒髪をかき混ぜるように撫ですかすと、じにーは提案する。
「ちょうどこの先暇だし?その穀潰し探すってんなら、手伝ってあげようか?」
「それはその、ありがたいけど…」
じにーの一笑に付されたように、かげろうが姿をけしてまだ一週間。
かげろう自身もいなりと同じくエルトナの名家、そちらの執務に勤しんでいるだけかもしれない。
そもそもがかげろうは、良くも悪くも名高いかのJB一味に加担している。
単純にそちらのクエストが長引いているだけという可能性もまた充分に考えられる。
自分の取り越し苦労なのではないかという自覚は、いなりにだってあるのだ。
「…大したお礼、できないよ?」
そして極めつけがそこである。
天下のリリィアンヌブランドのモデル、じにーが受け取っているその破格のギャランティをいなりは知っている。
「いやいや、親友から報酬をせびるわけにはいかないって………」
「でも…」
「う~ん、そうね、どうしても気が引けるっていうなら、もしかげろうさんを見つけられたらその時は、いや、別にぜんぜん、本っ当に、欠片も大したことじゃないんだけど…」
大仰に一度断ってみせてから、いざ交換条件をぶちかます。
交渉の基本中の基本である。
「私もまとめていなり家で養ってくれますか?」
自分史上最高のキメ顔で、じにーはそう言った。
続く