「おっちゃん!かけ蕎麦一丁!!トッピングはねぇ…」
じにーはずらりと垂れ下がる追加のお品書きの中から好物を見つけ出す。
「お!あんじゃんあんじゃん、イカと舞茸の天ぷらね!」
ジュレットから朝一番の箱舟で滑り込んだヴェリナードのホーム、3人はその端に人知れず佇む立ち食いそば屋の暖簾を捲りあげていた。
「あいよ。そっちの嬢ちゃんは?」
「えっ、ああ、う~ん…かけ蕎麦と…いなり寿司で」こんな時間から健啖なじにーと違い、いなりには朝から揚げ物はつらい。
しかしながら、連れ合いがトッピングを頼んでいる以上、かけ蕎麦しか頼まないのも気が引けた。
「私もおなじもので」
オスシもまた姉に倣う。
「あいよ。ちょっと待ってな!」
こういう店だ、店主の対応はややぶっきらぼうなくらいが丁度良い。
長旅後のいの一番の空きっ腹を相手にしてきた立ち食い蕎麦屋である。
一分の無駄無く配置されたカウンター内で歩くことなく3人分の蕎麦を湯に投入し、茹で時間の間に二皿分のいなり寿司を盛り付ける。
「はいこれ、まず先にいなり寿司ね」
ここはレンダーシアに縦に引いた線で区切って西側に位置するウェナ諸島、店主はエルトナの出身であるが、その形状は地域に倣って俵型ではなく山形に整えられている。
どちらにも長所があるが、出汁の扱いに長けたここ蕎麦屋に限っては、お揚げの山の頂上が存分に煮汁を吸い込むこの形状が最適解なのかもしれない。
「「いただきます」」
箸で掴むだけで染み出る煮汁をこぼさぬよう皿で受けながら一口噛じれば、醤油に味醂、数種の砂糖が絶妙にブレンドされた複雑な甘辛味が胃袋に染み渡る。
寝起きでテンションは低くとも、2人の表情からその美味しさは存分に見受けられ、俄然メインのかけ蕎麦への期待も高まる。
湯で温まった3つの器に茹で上がった蕎麦が滑り込み、店主が寸胴鍋を開けば濃い口の醤油をまとった鰹節の香りが鼻を襲う。
この臨場感が狭い店舗の醍醐味でもある。
ザバッとお出汁を注ぎかけ、菜箸で摘み上げた二種の天ぷらを添えればじにーの待ち焦がれた朝食の完成である。
「はいお待たせ、まずは天ぷら載せからね」
どんどんどんと手際よく3杯のかけ蕎麦がいよいよ給された。
「はふ、はふ、あっち…」
まずはつゆに沈みきる前にイカ天を拾い上げる。
天ぷらは作り置きとはいえ、時間が時間だけにほぼ揚げ立てである。
灼熱に耐えながらサクッと小気味良い音を立てる衣を貫き、短冊に切られたイカを噛みしめた。
素材の味にほんの一押し、つゆの風味が加わる。
「ん~っ、これよこれ」
イカが過ぎ去った所ですかさず蕎麦を手繰れば、きりりと角の立った十割蕎麦、出汁に負けない蕎麦の実の滋味が入れ替わりに舌を楽しませてくれる。
「「「ご馳走様でした」」」
途中、ひたひたに出汁を吸った舞茸天にじにーが火傷をこさえるハプニングもはさみながら、あっという間に器を空にし仲良く箸を置く3人であった。
「ホントにいいの?それくらいなら…」
流石にいなり家がカミハルムイの名家の1つといえど、門下生の手前もあり働かぬ者を食わせ続ける由縁もない。
とりあえず第一希望を投げてはみたものの、思いの他冷たい空気にさらされたじにーは素早く方針を転換した。
それはかげろうを探す道中、立ち寄る飯屋はじにーが指定するというものである。
じにーの自宅はトレーニングマシンも充実していて、暇潰しのクエストには励めど、出不精気味であるのは否めない。
撮影の合間の暇潰しに仕方なく読み耽る雑誌から仕入れた気になる店を、この機に消化してしまおうという腹づもりである。
先の立ち食い蕎麦屋もその一環であった。
とりあえずはいなりがまとめて支払い、駅を出た所でじにーが自分の分のゴールドを手渡す。
「いいっていいって!自分で払わないと、なんか好きに注文できないし」
奢ってもらうのだと思ったら、きっとかけ蕎麦の小盛り、もしくはお新香のみを注文するという小心者っぷりを如何なく発揮していたことだろう。
3食昼寝付きのヒモ生活や不労所得に憧れるというだけで、まだそこまでクズに堕ちきってはいないのだ。とはいえ、ここで奢らせてしまったら、かげろう捜索の達成の暁に、よしんばあらためて扶養に入れてもらう交渉がし辛いという打算も込み込みである。
「さて、腹ごなしも済んだし!行きますか」
勿論、蕎麦を食べるためでなく、このヴェリナードにもかげろう捜索にあたっての目的があっての来訪である。
曰く、必ずいなりも面識はあるという、じにーの友人にしてアストルティア中に顔が広い人物のもとへと歩みを進める3人であった。
続く