着古したウィンターギアはサイズが合っておらず、華奢な撫で肩から滑り落ちかろうじて腕に引っ掛かり、晒された黒のキャミソールは左肩に袈裟に走る大きな古傷を隠すにまるで役に立っていない。
その肩を超す黒髪は手入れされぬままに所々灰がかるほどに荒れ散らかり、酩酊状態でも引っ掛けられるよう、太いバンドのサンダルに素足を収める。
「いけない子はどっちだよ。酒は二十歳を過ぎてからだぞチビッ子」
腰に下げた二振りの刃も装束に相応しく鞘など無く刃が剥き出しの蛮刀、自堕落と野蛮と不摂生の権化のようなスタイルの中でただ1つ、じにーが指摘したようにその背丈と容姿だけが不釣り合いに幼い。
「ああ…!?もっぺん言ってみろこの〇〇〇〇で〇〇〇〇で〇〇の〇〇〇〇〇〇が!!こちとらテメェがおむつキメてる頃から刀握ってる年長者だっつうの!敬え!崇め!!奉れ!!!舐めてっとおろすぞ、3枚に!」
外見を気にしているであろうことは想像がつきそうなもの、事実、見えてる地雷をじにーはわざと踏み抜いたのだ。
「………まぁ、いい。怒るだけ無駄だ…腹が減る…」しかしながらそれも一瞬で嘘のようにすんとテンションが下がる。
すっかり怒鳴り散らしてから言うことではないが、矛先を納めた相手を再度煽るほどじにーも暇ではない。事実としてなけなしの体力を消費したのか、チビッ子は壁に背を預けずるずると座り込んだ。
「ここで会ったのも何かの縁、いなりぃ、何か喰わせてくれぇ…」
さらには完全に床へ寝転んでしまったチビッ子の口からその名が飛び出して、驚いたじにーがそちらを見やれば、いなりとオスシはあからさまに呆れた顔をしていた。
「どんだけ寄生されとんねん、いなり家!!!」
関係性は推して知るべし、夢の左団扇生活への障害の多さをあらためて知るじにーの隣で、いなりとチビッ子の睨み合いは続く。
「…知りたいんだろ?防衛軍の動向」
その口ぶりはもはや恐喝に近い。
二刀流に転向するにあたり、その礎を学ぶ為グランゼドーラまで出向いて、半ば強引に弟子入りしたかつての師、永楽。
その高名は海を超え遥かカミハルムイにまで届くほどであったのだが、既に冒険者を引退した身だと頑なに拒否する彼女を説き伏せるのは苦労した。
最終的に酒場のツケを肩代りに加え、軽く数年は遊んで暮らせる金子を代価として根負けさせたのだ。
かなりの額だったはずだが、再び困窮している様子から察するに、想像を絶する速度で金は酒に化けたのだろう。
剣の技でも話術においても狡猾で注意を払うべき相手ではあるが、このタイミングと言葉の端々から察するに、永楽はブラフでなく重要な情報を握っている可能性が高い。
さらには今のこの状況、リーネはもはや口を開けまい。
非常に不本意ながら、永楽の要求を飲む他ない。
「そうこなくっちゃあな」
腹を決めたいなりの様子を見てとり、にたりと永楽はとかげのような笑みを浮かべた。
「…じにー、ちょい待ち」
観念したいなりとオスシ、そして永楽が店から出た所で、リーネはちょいちょいと小声にハンドサインを交えてじにーを呼び止め、1枚の紙をその手に忍ばせる。
「外でこっそり開けてね」
「リーネ………ありがと」
リーネは機転の効く女だ。
永楽の手前、話せなかったことをしたためてくれたに違いない。
流石は頼れる友人である。
店外に出て先を見やれば、もはや歩く気力すら残っていないのか、永楽はいなりとオスシにそれぞれ手を握られ引き摺って運ばれる最中で、こちらと距離もある。
柱の陰に隠れて、いなりよりも一足先にリーネのメモを開き、その内容にじにーは思わず雄叫びをあげた。「オイ!中途半端だったのに金は取るのかよ!!…ってちょい待ち!これ、扉の修理費も含めやがったな!?」
請求書を手にキッとアクセサリー屋を振り向けば、ちょうど外された扉が雑ながらも嵌め込まれ、鍵のかかる音が響く。
こうなったらテコでも開くまい。
怒りに任せてぐしゃりと握り潰し投げ捨てた請求書をややあってから拾い上げ、怒髪天を衝きながらもいなりの後を追うじにーであった。
続く