見上げれば気が狂いそうな赤い月が浮かぶなか、ひたすらにエルフの少女が刀を振るっている。
スライムタワーと大差の無い背丈、まだまだ未発達のその細い手脚から見るに、齢10も数えまい。
しかしながらその太刀筋は既に鋭く正確無比で無駄がなく、目にも止まらぬ程に早い。
迫りくるモンスターを1つ斬り2つ斬り、飢えた肉食の獣のように次を狙う。
その盾ごと首を堕としたつもりだったのだが薄皮一枚残ったらしく、だらりとフードのように頭を垂らしシールドオーガはべしゃりと倒れた。
その死体はやがて夢幻だったかのようにほどけて消える。
どうにも、勝手がおかしい。
間合いを誤るなど、初めて刀を握った稚児でもあるまいに。
空いた隙間に我こそはと進み出たアークデーモンを袈裟に切り捨てる。
返す刀でおにこぞうをまとめて3体真横一文字に腹を薙ぐ。
斬り捨てた敵は既に数知れず。
しかし依然、山と目の前に現れて、果てが見えない。
面倒だ、まとめて………
腰を落とし地を割れるほどに踏みしめて、両の柄をそれぞれ強く握った所ではたと思い至る。
………今、私は何をしようとした?
『遠雷』はまだ未完の技だ。
使えるはずもない。
だというのに、何故………
逡巡のうちに距離を詰めてきていたアルミラージを蹴り飛ばした所で、死のカラステングの巻き起こした旋風に捕われてその身が宙を舞う。
身体が、軽すぎる。
飛ばされながらも手脚を捩ってバランスをとり、風が絶えた所で自由落下の勢いに任せて一刀振り下ろせば、下で待ち構えていたおにこんぼうの巨体が唐竹のように右と左へ泣き別れる。
「化…けも…のめ…」
断末魔を聞き届け、刀を振って血を払う。
そのとおりだ。
今更言われるまでもない。
エルフの姿は何かの冗談か。
私はただの殺戮者、返り血に染まった化け物だ。
腕を振るえばモンスターの首が飛び、滝のように血が迸る。
毎日毎日繰り返してきたのだ。
それが、私の生き方。
私の剣。
迷いはない。
後悔もない。
この黒く醜い剣に、誇りすらある。
嗚呼。
たがしかし、だからこそ憧れる。
愛する者と共に生きようと足掻くソウラの剣に。
アストルティアの民の明日のために振るわれるユルールの剣に。
一族の命運を背負って立つ魔公子の剣に。
自分を生かし誰かを生かす為の剣は、眩しくて美しい。
これはまるで、灯りに憧れる蛾のような感情。
「そう、ら…ゆるーる……誰だ…それは?」
懐かしい顔と名が浮かんだ気がするのだが、一瞬のことで霞がかかったように掻き消える。
何かを忘れている。
ずきんとこめかみが痛んで、頭を抱えて跪く。
戦場でそんな無様が許されるはずもなく、もう一体現れたおにこんぼうの一振りに掬い上げるように打ち据えられて少女は再び宙を舞うのだった。
続く