図体からは信じられない跳躍力を発揮して、空中でさらに追撃を加えようとおにこんぼうが槌を振り被る。絶体絶命の状況の中、少女はしかし必死に頭痛の理由を手繰る。
輝く剣への身を焼かれるような憧れは潰えることはない。
されどその苦しみを忘れてしまうほどに、私の剣もまた目指すに値するのだと、畏怖ではなく憧憬の視線を向けてくれる誰かと、私は確かに出会ったはずなのだ。
しかし伸ばした手の先にその姿は浮かばず、その向こうから唸りをあげて槌が迫る。
「らしくないですね、かげろう様」
不意に響いた声とともに、身の丈ほどの長太刀を握った剣士が割って入った。
こちらもまだうら若い少女であるが、かげろうと比すれば倍の歳にはなるだろうか。
忍びの者ともとれる黒中心の武者装束に身を包んだ少女は、得物は違えどかげろうと同じく居合の技でおにこんぼうの首を刎ねると、かげろうを両手に抱きかかえて着地する。
「ありがとう、アカツキ」
物心ついた頃からずっとそばにいてくれたはずなのに、その名を呼ぶのは酷く懐かしい気がする。
百鬼夜行鎮圧任務に唯一、帯同を許された御庭番。
本来、御庭番には複数人が任ぜられるところを、あまりの優秀さ故にたった一人でその役を担う剣士。
「さぁ、もう立てますね」
そっとアカツキの懐を離れ地に降り立つ。
密かに姉のように慕う相手から頭を撫でられて、頭痛と共に、浮かんだ疑問の全てが、かげろうの頭から消え去っていた。
アカツキの頭に見慣れぬ二本の角が生えていることにも気付かず、幼い姿のかげろうはその身の全てが鋼と化したかのように、冷たい瞳に刀を携え再び魔物の群れへと向かう。
「…それで良いのです。私と永遠に、斬り結びましょう」
一転、瞳を閉じてそう呟くアカツキの周りには、モンスターの姿はおろか幼きかげろうの姿もなく、赤い月も浮かんでいはしない。
アカツキの目の前にはただ、異様という他ない、血のような紅い花を満開にたたえた樹が聳える。
その幹の中程から、細く白い手が力なく突き出していた。
よく見ればその樹は一本の大樹ではなく、幾本もの細い幹が寄り集まって出来ており、隙間からわずか、中に囚われたかげろうの姿が垣間見える。
瞳は固く閉じられ、目を覚ます様子のないその姿は、当然ながら10年前のまだ幼き頃のものではない。
「斬って、斬られて、また斬って…死を振り撒く貴女の姿は、とても美しい」
アカツキはかげろうの手を取り、うっとりと頬を寄せる。
「ああ、私のかげろう様。貴女を曇らせるものなんて、誰一人、何一つ、赦しはしないわ」
口元を覆うケープの下で恍惚の笑みを浮かべ、よだれすら垂らしながらも、確かな憎悪と殺意を瞳に込めてアカツキは月を睨むのだった。
続く