ゲルト海峡は橋上の宿で、一番安いコーンのピザと、お冷という名のノンアルコールカクテルで夜通し語らうのが、モデルの卵である2人の金曜の定番であった。
たまたまクリスマスイブの夜にあたるとて、それは変わらない。
しかしながら今日は少し、特別だった。
「今日で最後か」
最初の頃こそ最小限の金額で長々と居座り嫌な顔をされたものだが、すっかり馴染みとなった店員の様子も心なしか寂しそうな気がする。
「………理由、聞かないんだ?」
「大人だかんね」
僅か1年足らずとはいえ、だいたいの予想がつく程度には縁も腐った間柄だ。
先日の誕生日祝いに、母からアクセサリーにまつわる秘術を教わったと言っていた。
遠く離れたヴェリナードに良さそうな物件も見つけているらしい。
しっかり地に足をつけて、生き別れの妹、ミーネを探す資金を稼ぐのだろう。
一緒に夢を見る時間は、残念ながら終わったのだ。
「これ、持ってってよ。クリスマスプレゼント」
お店が軌道にのるまでの繋ぎにでもなればと、じにーは友への餞別を工面していた。
「………もうちょい色気はないのかな?」
じにーがリーネに差し出した飾り気のない麻袋には、ぎっしりと金貨が詰まっていた。
「私達の間に要る?それ。ついでに遠慮も要らないからね」
おくびにも出さないが、じにーの懐からぽんとこんな大金が出るはずがないことは、リーネでなくともわかりきった話である。
今にも止まりそうな、悲鳴に近い中古ドルバイクのエンジン音が今日は聞こえなかった。
つまりは、そういうことだ。
「………ありがとう。大事に使わせてもらうね」
確かにまあ、現金支給というのは何とも贈り物という名目には相応しくないが、それもまた、最高に私達らしいではないか。
やがて夜通し降り積もった雪に真新しい足跡を残し、若き日の二人はそれぞれの未来へと歩みだしたのであった。
あの日の恩を、リーネはアクセサリー屋として大成した今に至るまで、片時も忘れたことはない。
鍵を閉めた扉の外からは、請求書に気付いたじにーのおたけびが響いてくる。
ついつい、あの楽しかった日々を思い起こし、悪戯心を抑えきれなくなってしまうのは悪い癖だ。
そんなことだから、またしてもアレを渡しそびれてしまった。
カウンター内の扉をくぐり倉庫に入れば、カバーの被せられた大きな荷物が目に入る。
リーネへの餞別のため、手放されたじにーのドルバイク。
生き別れた妹を見つけたその次のお金の使い途が、このじにーのドルバイクを探すことだった。
とはいえ、じにーが入手したときですら既に中古車、次の乗り手に酷使され、挙げ句リンクル地方のソーダの泉に沈み、限界をとうに超えていたドルバイクの修理はなかなかに困難を伴った。
ばさりとカバーを捲れば、大地の箱舟を模した大型車が姿を現す。
「………ちょっとばかり改造しすぎちゃった………かな?」
もとは至ってシンプルな単輪ドルボだったのだが、レストアついでにリーネのじにーへの感謝の気持ちをデコった結果、往年の名車、アラモンドZと酷似した外観へとすっかり変貌を遂げていた。
1輪が2輪に化けるなど、ここがアクセサリー屋だとしても説明がまったくつかないが、とにかくなってしまったものはしようがない。
いつかじにーに返すその日まで、今日もまた、ピカピカにドルバイクを磨き上げるリーネであった。
~Merry Christmas~