「んむ、んむ、んん!これならあの時も、ミートソースで良かったかも!」
フォークでようやく持ち上げられるかどうかの巨大なミートボールは、程よく混ぜ込まれた鶏軟骨の食感も楽しく、一緒に煮込まれた深みあるミートソースを吸って極上の仕上がりとなっていた。
「よしとくれよその話は。でもまあ、口に合ったなら何よりだ」
ピュアパールの騒動のおりは、催眠状態の女将さんから強制的にこのミートソースパスタを食べさせられそうになり思わず逃げ出したが、その必要は無かったのかもしれない。
「…ところであの子は?」
ユクはあの一件以来、女将さんの一人娘と親交を深めており、今日もまたタロット占いの稽古をつけるために立ち寄ったわけであったのだが、肝心のその姿が見えない。
「…ああ、何と言うか…難しい年頃でねぇ…。部屋に居るから、後で声をかけてやってくんな」
「…ん?」
ミートボールを中心に毛糸玉のように丸っと巻き付けたパスタを頬張り、女将さんの言葉に首を傾げるユクであった。
「………なるほどなぁ。ユクの時はどうだったっけ?」
少女の部屋へと続く階段を登りながら、女将さんから聴いた事情を噛み砕く。
先日、この村で少女の姪っ子の1歳の誕生日を祝う集いが開かれた。
この地方では、1歳の誕生日に行われる、独特な儀式がある。
満1歳を迎えたの子どもの前に、筆や本、金貨や盾、鍋や篭手などを並べ、最初に手にとったものでその子の才能や将来を推し量るという、タンカーユーエーと呼ばれる一種の占いである。
ふと気になった少女は母に自分は何を選んだのかを尋ねた。
勿論タロットカードを選んだであろうと思っていた少女がかつて選んだのは、しかし母の並べたフライパンであったのだ。
自分は占い師にはなれないのだと、少女は以降塞ぎ込んでしまっているらしい。
古い作りの木造家屋はユクが階段を登り近づいてくる足音を、少女へ存分に知らせていたことだろう。
部屋の中から、居ないふりをする気配が伝わってくる。
ユクはそっと扉に背を預けて腰掛けた。
「………料理の才能は、要らなかった?」
返事は無い。
だが、聞こえてはいるだろう。
「ユクもね、タンカーユーエーの結果は確か、まな板だったかなぁ」
「………先生も、タロットカードやペンデュラムじゃなかったの?」
「うん。タロットカードはね、並べられてもなかったみたい」
「そうなんだ………」
呟くような返事からややあって、扉が開かれる。
「………私も、立派な占い師に、なれるかなぁ?」
「勿論!タンカーユーエーの通り、お母さんみたいに料理が上手で、それでいてとっても腕が良い占い師になれるよ!!」
まだ不安げな少女の頭をくしゃっと撫でて、ユクは満面の笑みを浮かべるのであった。
占いとは道しるべであって、けして解ではない。
占いの結果は、どんなに納得がいかないものであれ、頭ごなしに否定しても仕方がなく、そして、盲目に信じたところでやはり意味はない。
大事なのは、どう受け止め、どうこの先を進んでいくかなのだ。
それにしても。
『まな板』、というワードがやや引っかかり視線を自らの胸もとに落とす。
「まさか、ね」
一抹の不穏な閃きが頭をよぎるも、食後のケーキは要らないかい?と女将さんから急かされて、慌てて少女とともに階段を降りるユクであった。
~HappyBirthday~