スイートピー。
フリルのような可愛らしい姿と甘い香りが特徴の、1月の誕生花だ。
中でも、花びらに吹きかけたようなグラデーション模様がかかり、ピンクやオレンジ、ブルーにパープルなど豊富な色のバリエーションをもつリップル種をメインテーマとしたそのドレスは、じにーがリリィアンヌブランドのモデル選考会にて身にまとい、ランウェイを歩いた装束である。
歴代最高得点をマークした記念に、じにーを模したマネキンに着せられ、こうしてレンドアのリリィアンヌの事務所のロビーに当時の写真とともに飾られている。
紛れもない栄光の証だ。
しかしそれを眺めるたび、じにーは少しばかり憂鬱な気分になる。
当然ながら、リリィアンヌブランドのモデル採用試験は厳しい。
専属デザイナーの中から1人を選び、自らのポケットマネーでドレスを発注、しかる後にそれを着こなし、試験に臨む。
勿論ながら、皆誰もがモデルの卵で極貧生活、ドレスの費用の救済措置として、ファンからの寄附も制作費にあてて良いとされているが、とても期待できるものではない。
過去の作品から鑑み自らに合うデザイナーを選びぬく鑑識眼、現状としてどれだけの人気を誇るか、そして、仕上がったドレスを引き立てる技量があるか。
トップモデルの何たるかを余す所なく試されるのだ。
パートナー選びは大正解、仕上がった思わず腰を抜かしそうになるほど美麗なドレスをまとい、堂々とランウェイを踏破して、じにーは見事専属モデルの座を掴んだ。
しかしながら、ドレスの額に問題があった。
リリィアンヌも若い芽を潰したいわけではない。
コンテストの後には、ドレスの制作費は全て、試験に参加したモデルへと還元される。
そこでじにーが目にしたのは、山と積まれた見慣れぬ量の金貨の袋。
じにーのドレス制作費にカンパしたのはたった1人だというが、その提供額は群を抜いていたのだ。
自ら用意した分は、そのうちの一袋の半分にも満たないだろう。
もともとそういうルールだ、レギュレーションは遵守している。
しかし、自分の実力だけで勝ち取ったと、果たして言えるのだろうか?
リリィアンヌからも、その額は現在の世間からの自身の評価だと言われてまあ無理矢理に納得はした。
あとはたった一言、相手にありがとうと伝えられればまだ気は晴れるのだが、困ったことにそれは匿名での寄付だったのだ。
アンニュイな視線を契約書に向けながら、サラサラとペンを走らせサインをしたためる。
「…はい、これで契約更新です。また一年、よろしくお願いします」
「はいは~い」
「あ、じにーさん、また届いてますよ、誕生日祝い」今日は契約更新の期日にして、じにーの誕生日でもあるのだ。
お祝いの品は、ドレスとお揃いのスイートピーの花束。
故に、ドレス代に寄付してくれた人物と、毎年花束を送ってくれる人物は同じなのではないかとじにーは踏んでいる。
「ん、あんがと」
じにーは事務員から花束を受け取ると、往来へと歩み出す。
「今年も届いたんだ。相変わらずすっごい量だね~!マメな人もいるもんだ」
カリフラワーかブロッコリーのごとく視界を花束に覆われ、恐る恐る歩くじにーに快活な声がかかった。
一年一度、誕生日の日の契約更新のあとは、リーネとお茶をする約束なのだ。
忙しいだろうに、必ず予定をつけてレンドアの事務所前まで迎えに来てくれる。
今年は予約ですら半年待ちのアフタヌーンティーセットが二人をお待ちかねらしい。
スイートピーの花言葉は、『新しい門出』、『蝶のように飛翔する』、そして………『優しい思い出』。
「………それで隠してるつもりでいるんだかね」
「ん?何か言った~?カフェの予約の時間に遅れちゃうよ。早く行こう」
まあ、桁外れの財力は時に迷惑ですらあるが、ファン第一号が親友であるというのなら、過剰な寄付も、甘んじて受け入れるべきなのだろう。
今年もまた内緒にしているのは、気恥ずかしいからなのか、逆効果になっているけれど気を使ってくれているからなのか。
不器用な友だ、多分後者であろう。
手づから花束を用意したせいで、今年もまた香水で隠しきれない甘い花の香りを放つ親友の後を、ゆっくりと追うじにーであった。
~HappyBirthday~