大晦日の黄金鶏神社の1室、蕎麦をすする小気味良いリズムが、除夜の鐘の音に掻き消されずに響き渡る。「良い食べっぷりですねぇ、らぐっちょさん」
諸説あるが、年越し蕎麦には何事も『細く長く』続くように、そして、麺類の中では一番蕎麦が切れやすいことから『今年一年の悪運を断ち切る』という思いが込められているという。
「この子の為にも強く逞しいぱぱっちょでなくてはなりませんからの!」
そう言って、らぐっちょはトッピング用の天ぷらの材料の一つであったささみ肉を取り箸でつまみ、腕の中に抱える白い生き物に近づける。
その生き物はらぐっちょの体温に微睡みかけグルグルと喉を鳴らしていたが、茹でた鶏肉の香りに気付くとくりんくりんの瞳を見開きぱくりと噛みついて、あっという間にペロリと飲み込んだ。
「…あ~…うん?ほんとに育てるんです?」
「モチのロンですぞ!」
「………大丈夫かなぁ」
らぐっちょの自信満々な返事はともかく、今まさに鶏ささみをたいらげたように、いずれらぐっちょがぺろりんちょされてしまうのではなかろうか。
不安を口にしたそばから、それはらぐっちょの腕の中で背中を擦られゲップの代わりに軽く火を吹いた。
「おお、おお、早くも将来の貫禄が垣間見えるでありますぞ!!」
「ちょっ!?らぐっちょさん、焦げてる!焦げてる!!」
前髪が燃え上り、らぐっちょのこめかみが香ばしい薫りを放つものだから、慌てて消火にあたるヒッサァであった。
一夜明け、元旦。
黄金鶏神社の境内へ続く長い石段を、一同は一歩一歩踏みしめるように歩む。
「…袴なんすねぇ」
「許婚の隣だから、格好つけんとな」
振り袖に着替えたじにー、いなり、オスシにヤマに対し、昨夜の年越し蕎麦から合流したかげろうだけは唯一男性向けの龍が描かれた袴を身に纏っている。
歳はそう変わらない筈だが、腕を組み悠然と歩むかげろうは流石の貫禄でふんと軽く鼻を鳴らした。
「ああ、やっぱりそういう…」
「なになに?恋の話?ユクにも聞かせて?」
たかだか一週間の不在で取り乱すわけだわと納得しかけるじにーと首を突っ込むユクの隣で、いなりが真っ赤に噴火する。
「また何勝手に言ってるんですか!」
「いなり姉様、痴話喧嘩してると置いていきますよ~」
「ねぇねぇスシ姉、りんご飴買ってよ!」
「はいはい、御参りが終わったらね。もう手間のかかる妹たちだこと…」
提案と同時に駆け出そうとするヤマの首根っこを既で掴み取り、新年早々オスシはため息をつく。
オスシの揶揄にあるように、たまに姉妹の序列が違って見えるこんな一連のやりとりもまた、すっかりいなり家のお馴染みの風景となっていた。
去年もまた色々なことがあったが、こうして皆揃って新年を迎えられたことをへの御礼と、この先1年に向けた誓いをあらたに。
初詣の行く先を黄金鶏神社としたのは、忘年会に参加できなかったらぐっちょとヒッサァ、2人への挨拶も兼ねている。
ちなみに残念ながら、元旦の人混みに連れて歩くのは困難ということで、テルルとマユラは子どもたちと共に一足先に帰路へとついている。
皆が思い思いに賽銭を投げ入れた所で、からんからんと、一同を代表していなりが社頭に設けられた立派な鈴を鳴らす。
「…ヤマ」
「っ、はいっ」
出店の方へ心奪われ手を合わせつつも目線が明後日に向くヤマをたしなめつつ、既に無心に手を合わせる長姉いなりに倣ってオスシもまた静かにお祈りを捧げ、やがて振り返れば境内のふちに見覚えある眼鏡のオーガが目に留まる。
「これはこれは皆さん、昨日はせっかくのお誘いをお断りしてしまい、申し訳ない」
「いえいえ、ご苦労さまです」
テルルとマユラが危惧した通り、まだ朝早い時間というのに、大地の箱舟が大晦日から元旦にかけ終夜運転していたこともあってか、黄金鶏神社はなかなかの人集りである。
ヒッサァたち有志の手伝いがなければ、混乱は必至であろう。
頭が下がる思いである。
「…ところで、らぐっちょさんは?神社の中?」
すわ邪教の類か、あれだけ煩悩にまみれた神主もあるまいが、腐っても鯛という言葉もある。
今頃は社の中で忙しくしているのであろうか。
「あ~…うん、ちょうどいいかもしれない。らぐっちょさんのことで皆さんにご相談がありまして…」
そう告げるヒッサァの様子は職務中ということを考えれば珍しく憔悴を隠せていない顔をしていて、怪訝に思いつつ後に続く一同であった。
続く