「あれは…!?」
「むぅ…初めて見るな…よもや、神竜か?」
境内にそびえる立派な神木、それを遥かに上回る太ましい身体に、元旦の日を浴びて金色に輝く鱗。
天にまで届こうかという巨大な竜が、境内を見下ろしている。
あまりの状況に、参拝客たちは唖然とするばかりで混乱には至っていないのが幸いだ。
「………かげろうさん、最悪の場合、あれを斬れますか?」
「いなりもいるとはいえ、さぁてな…斬れたとして、この場の皆が無事では済むまい」
睨み合い、というよりは向こうはこちらを歯牙にもかけていない。
ただ一点、ヒッサァたちが飛び出してきた社の1つをじっと見つめている。
「…探しにきた、というところだろうな」
「ええ…しかし…」
名前までつけてぎゅっとりゅーへーを抱き締めていたらぐっちょの姿が頭をよぎる。
「………いけない!!」
やはり、というべきか、不意に黄金鶏神社の建つ山のさらに上を見据えた神竜の視線を追うとそこには、りゅーへーを抱えて山頂へ続く道を走るらぐっちょの姿があるのであった。
「ふぅ…ふぅ…りゅーへー、あきらかに昨日より重たいですぞ。成長期なのですな」
息を切らしながら、からくも神竜に追いつかれる前にらぐっちょは目的の地に辿り着いた。
「…ほら、りゅーへー、お母ちゃんのところへ行くのですぞ」
ちょうどそこはきりたった崖になっていて、巨大な神竜も近付きやすい。
やがてらぐっちょを追って現れ、ググッと差し出された神竜の鼻先へそっとりゅーへーを横たえる。
くぅんと淋しげにりゅーへーはらぐっちょを振り返り一鳴きしたが、らぐっちょは黙って首を振った。
別れの挨拶が済むのを待って、りゅーへーを連れた神竜はゆっくりゆっくりと天へと向かっていく。
その時ようやく、らぐっちょのもとにヒッサァは追いついた。
「りゅーへーっ!!大晦日にはちゃんと戻って来るんでありますぞーーー!!ワタシの代わりに、大晦日と正月三ヶ日のお留守番は任せますからのーーーッ!!!」
「「「「そういう魂胆だったんかい!!」」」」
背後から総員のツッコミが轟く中、ただ1人、隣に立つヒッサァだけがらぐっちょの瞳に浮かぶ別れの涙を知っていた。
「………素直じゃないんですから、まったく」
「りゅーへーも、湿っぽいのはきっと嫌いでしょうからの」
たった1日、されど1日。
らぐっちょとりゅーへーの短くも濃い親子の時間は、こうして終わりを告げたのであった。
思い出したように再開される祭り囃子。
緊迫した空気は一転、世にもめでたい親子の昇り龍に神社の空気は色めき立ち、賑わいを取り戻す。
「ヤマちゃん!こっちこっち!りんご飴だけじゃなくて、いちご飴やぶどう飴もあるよ!!」
ヤマはユクに手を引かれ、艷やかな飴をまとった甘酸っぱい果物たちに舌鼓を打つ。
「火傷に気を付けろよ」
「はい、ありがとうございます」
立派な錦鯉の泳ぐ池を眺めながら、かげろうといなりは竹のベンチに腰掛け甘酒で暖を取り、オスシとじにーはこういう場でも職業病が顔を出し、晴れ着に似合う唐傘を探すため出店へくり出していく。
思い思いに参拝客達が1年に1度の機会を楽しむ様子に、らぐっちょとヒッサァもにっこりと微笑むのであった。
果たして次の大晦日、立派な白龍の背にまたがる黄金鶏神社の神々しい御神体の姿を拝んだとか、拝めなかったとか。
それはまことに運の良い参拝者だけが知っている。
~あけましておめでとうございます~