永楽がグラスを手にとり、未だ氷が残る冷水で喉を潤すのを待って、いなりは先を促す。
永楽の巻き込まれたクエストに、かげろうがどう関わってくるというのか。
そこが肝要である。
話の続きによれば、永楽たち、グランゼドーラで冒険者たちをスカウトしたのはアストルティア防衛軍である。
ヴェリナードまで、貸切でのグランドタイタス号の船旅は飲食無料という太っ腹で、永楽の腹周りも主に酒で太ましくなったという。
そんなどうでもいい話にイライラしつつも、やがて永楽の口から飛び出したのは聞き慣れない言葉だった。
「………百鬼夜行、ですか」
「なるほど、そりゃあ防衛軍が絡んでくるわけだわ」それは、代々、カミハルムイ王家の命を受けた剣士により人知れず鎮められてきた、10年周期の新月の夜に起こる災禍。
百とは比喩に過ぎず、実際にはそれを遥かに上回るモンスターの雪崩が起こるという。
百鬼夜行という言葉には馴染みない3人であったが、数多ある対モンスターの組織の中でも、闇朱の獣牙兵団、紫炎の鉄機兵団、果ては異星からの侵略軍など、徒党を組んで襲い来るモンスターを相手取るアストルティア防衛軍が動く理由はよく分かった。
永楽たちは保険である。
百鬼夜行を未然に防げなかった場合、市井への被害を最小限に食い止めるために招聘されたというわけだ。「…師匠がここに居る理由はよくわかりました。でも、それとかげろう様が、どう繋がるんですか?」
「お前は聡い奴だ。分かってるだろう?」
「皆目、分かりませんね」
「かげろうとやらが、百鬼夜行を起こすと目されているからだよ」
答えながら永楽は店員を呼び、手早く追加のオーダーをすませる。
もとより、いなりは永楽のニヤケた顔があまり好きではない。
それでも今日この時程に、ぶん殴ってやろうと思ったことはなかっただろう。
だが、その行為には欠片も意味はないこともよく分かっている。
ギュッと口を一文字に結ぶいなりの心境を汲んで、じにーは代わりに言葉を挟む。
「スケールが大きすぎてようわからんけどもさ。アストルティア防衛軍だって当然馬鹿じゃない。かげろうさんが疑われてる根拠はあるの?」
「それがなぁ、連中の話を聞く限り、確たる証拠はないのだよ。極めて確度の高い状況証拠の寄せ集め、といったところか」
永楽は続ける前にもう一口水を含み、転がり込んできた氷を犬歯で噛み砕く。
「何故カミハルムイがこれまで、それこそ、いなりすら知らんほどに百鬼夜行の対処を極秘裏に行ってきたのか。その所以は、過去何度となく、百鬼夜行が繰り返されてきたことにある」
「えっと…?」
言葉の意味が受け取れず、じにーは聞き返す。
「長い歴史を顧みれば20年間起こらなかったケースもあるようだが、ほぼ規則的に10年の周期でエルトナ大陸にて百鬼夜行は起こり、都度、その首魁は異なっていた」
首謀者が毎回異なるという状況。
そして、『首魁』という言葉は、モンスター相手にあまり使われる言葉ではない。
「今から10年前の百鬼夜行、まだ幼いかげろうと当時の御庭番がたった2人で対処にあたり、そしてかげろうのみが生還した。その時百鬼夜行を扇動していたのは、さらにそのまた10年前に百鬼夜行を鎮めた剣士だったそうだ。そのまた前も然り。故に、かげろうは監視の対象となっていた」
「そんな…」
無理難題を押し付けられた挙げ句、その後は疑いの目を向けられる。
市井の安全の為とはいえあまりに惨い仕打ちに、オスシは絶句するのであった。
続く