「…胸糞の悪い話だが、理にはかなっている。鎮圧できれば一先ず良し、その後は生還した者を四六時中監視する。そうすれば、次は兆しで抑えることが出来る………まあもっとも、それをしくじっちまったから、レンダーシアまで飛び火したわけだがな」
早くも届いたビーフシチューを添え物のバゲットで掬い上げがっつきながら、永楽は苦々しくカミハルムイ陣営の不手際に文句を吐き捨てる。
かげろうはいなりのほか、御庭番衆にも行く先を告げずに消え、監視についていた影の者は綺麗に斬り捨てられた姿をツスクル近郊の河川に晒したのだという。
「…それもかげろう様がやったと!?あの人がそんな事、するはずないでしょう!」
ようよう抑えきれず、立ち上がったいなりの絶叫が店内に響く。
慌ててオスシがいなりをなだめ座らせる隙に、じにーは店内の客たちに頭を下げる。
「さぁな?だがかつて百鬼夜行を鎮め、その後に自ら率いることとなった連中とて、それはそれは立派な肩書を持つ奴らばかりだったろう」
永楽たち掻き集められた冒険者たちは、百鬼夜行の対処にあたる際、かげろうを斬らないことを特に厳に命じられているが、その理由は開示されていない。
故に、最悪の想像はつく。
「例えそれがどれだけ御大層なものであろうと、これだけの永きに渡り、思想を継いで続くものでもなし。寄生型のモンスターか、強力な催眠術の類か…おっと…そろそろ時間か」
核心に触れようとしたところ、店内にバタバタとウェディにオーガ、プクリポと、種々多様な男達が乱入してきた。
すっかりいなり達のテーブルを取り囲んだ彼らは皆一様に、アストルティア防衛軍の制服を身に纏っている。
「…永楽殿、詰め所から遁走した挙げ句、箝口令を破ってもらっては困ります」
「知るか。嫌だったらこの口、縫い付けておけよ。………やれるもんならな?」
胸に勲章をぶら下げた団員に対し、あくまで永楽は不遜に振る舞う。
「…例の件は機密事項です。混乱を避ける為、貴方がたにも同行願います」
接触した相手は全てを知ったと見做す。
軍を名乗るだけはある、理に適った正しい判断だ。
しかし、そんな暇はない。
いなりが反論するより先、永楽は動いていた。
立ち上がりざま腕を伸ばすと、横行な隊長格の顎先をピンと指で弾いて、ただそれだけで昏倒させる。
「行け」
「えっ…?」
「かげろうとやらを助けに行くんだろ?ボサッとしてんな」
「どうし…」
興味の外、というのが正確なところだろうが、話の端々から、少なからず永楽もまた、かげろうを疑っているのであろうといなりは考えていた。
永楽の振る舞いに戸惑ういなりを、オスシとじにーが両脇から抱えるように引きずりあげて走り出す。
「…相変わらず、賑やかな奴だ」
勿論、永楽はかげろうのことをよく知るわけではない。
だが、あの生意気な弟子のことはよく知っている。
グランゼドーラの酒場の隅でくだを巻いていた己を見つけ出すほどに、目と勘と、運の良い奴だ。
「お前がかげろうは違うというなら、そうなんだろうよ。まぁとにかく、せいぜい頑張ってくれな」
直接言うのは気恥ずかしい信頼とエールを、そっと風に乗せる。
刀を振るのはもうこりごり、いなりが事態を解決してくれれば、事は無しなのだ。
グランゼドーラから冒険者を予備動員するほどにアストルティア防衛軍は精鋭たちが出払っており人手不足、ここに来ているのは新米隊員がほとんどであることを、永楽は立ち振る舞いから見抜いていた。
故に、リーダーが気絶して指揮系統の麻痺した一団は、ドアベルをけたたましく鳴り響かせながら去り行くいなり達を止めようとするそぶりを見せるも、永楽の一睨みでまさしくヘビに睨まれたカエルのように縮み上がる。
「…ん?」
そうして、弟子を清々しく見送った永楽はふと、大変なことに気が付く。
「しまったな…いなりを行かせるんじゃなかった。う~む…困ったぞ…」
腕を組み思案しながら、あまりの状況に立ち尽くしていた店員のもとへ歩み寄り、自分のところへ運ばれてくる予定だったであろうクリームソーダをお盆の上からひょいと取る。
長靴型のグラスに山のように載ったソフトクリームを頬張れば、喉が焼けるようなきつい甘みが口いっぱいに広がった。
やはり糖分は脳への最高の栄養、此度も永楽に閃きを与えてくれる。
にっこりと最高にガラの悪い笑みを浮かべて、永楽は隊員たちの方へ振り返る。
「おいお前らァ!ここの支払い、よろしくな?」
続く