果たして永楽の読みは正しく、拳大の獣の瞳のような形をしたそのモンスターは、永きに渡りカミハルムイの剣士の身体の内を渡り歩いてきた。
上限なく溜め込める膨大な魔力を用い、広大な結界と、魔力が枯渇するまでモンスターを複製する特異な権能をほこる。
手脚を持たぬその異質な身体故か、夜行石の思考は生存本能や捕食欲を満たすことなどのおよそモンスター然としたものからはかけ離れ、ただ自らの成し得る災厄を世に知らしめる、そんな歪な自己顕示欲に占められていた。
かつて一度だけ捕縛され、厳重な封印を受けた際、カミハルムイの者により名付けられたその名は、『夜行石』。
夜行石にとって幸いだったのは、その姿形ゆえに、自らが何かしらの呪具の類、つまりは意志を持たないと見做されたことだ。
夜行石の力を我が物にせんと求めた愚かな男の手により、夜行石は再び世に放たれ、そしてそれは今、アカツキの胸の奥に潜んでいた。
そろそろ、限界か。
夜行石は冷静に宿主の残り時間を計算する。
やはり新鮮だったとはいえ死体は死体、猶予はあまりなさそうだ。
幸い、魔力の充填は充分、宿るに相応しい次の身体の準備も順調に進んでいる。
少々御し辛いが、このアカツキという女がかげろうに対する強い執着を持っていたことは実に都合が良かった。
かげろう。
以前逃した、理想の宿主。
10年の時を経て成長し、まだ幼かったあの時よりもむしろその身は完成された。
あとはこのまま心を磨り潰し、自ら私を受け入れさせさえすれば良い。
今度こそ終の身体とし、永遠に血と悲鳴と絶望を啜ろう。
アカツキの胸のうちで夜行石はぞくりと脈打ち、望む方向へとアカツキの思考を唆す。
「ああ…あと少し…あと少しです、かげろう様」
アカツキは力なくしなだれたかげろうの手に頬を寄せ、囁きかける。
10年前のあの日、かげろうがニコロイ王にアカツキの事を報告しなかったのは実に幸いだった。
存命を知った者を闇討するは容易いが、口封じは往々にしてキリが無い。
加えてカミハルムイの者たちは、かげろうが夜行石を所持していると考え、現場の見聞もおろそかにした。
まことに愚かとしか言いようがないが、おかげでこの10年、穏やかに魔力を充填し、入念に準備を進めることができた。
そして機は熟し、かげろうを監視していた影の者たちを斬り捨て、駄目はもともと、その様を手土産に懇意にしている家族を同じ目に遭わせると脅しをかければ、事もなくかげろうは自らするりと囚われの身となったのだ。
「しかし………甘くなられたものだ」
かつてのかげろう様であれば、例えそれが目の前であれ、人質など意に介さず敵を斬ったであろうに。
「…いなり、といったか」
私のかげろう様を無様に曇らせたのは、あの女に違いない。
直ぐにでもその首を墜としてやりたいところだが、残念ながらそれは私の役割ではない。
「さぁ、最期の仕上げに取り掛かるとしよう」
殺意に満ちた目に不釣り合いな、誕生日のプレゼントを喜ぶような無邪気な笑みを貼り付けて、アカツキは静かにかげろうを封じた大樹のもとを離れるのであった。
続く