投げ捨てるでもなくただ小太刀の柄を手放せば、地に落ちる前に小太刀は蒼白い炎に包まれ鬼火へと戻り、再び他の2つに並びゆらゆらと浮遊する。
そして次第に円を描くようにぐるぐると巡り、出来上がった真円の内に、闇よりなお暗い転移の扉を作り出す。
アカツキは、気絶しドサリと倒れかかってくるいなりを受け止めると左腕で軽々と抱えあげ、一瞬の内にその中へと放り込んだ。
「…!?いなりを返せ!このッ!!」
あの深淵は一体何処へ繋がっているのか知れない。
止める間もなく、いなりは攫われてしまった。
この状況とタイミング、間違いなくこの敵は、かげろうの失踪にも通じているに違いない。
じにーは逃がすまいと叫び、腰から二振りの短剣をそれぞれ引き抜く。
左には内側に曲がった特異な形状の短剣、エンシェントククリ。
その刃は形状故に肉厚で重く、一見、取り回しに不利に見えるが、その刃先は薙ぎ払う際に対象を捕えやすいという利点がある。
一方、右の手に握られているのはガテリアの宝剣。
その名の示す通り、オリジナルはかのガテリア皇国の儀礼用の品であるが、当然ながらレプリカで再現されるにあたり実用に足る補強が加えられている。
もとよりそのデザインは綺羅びやかでありながらもナックルガードを備え、細身の刀身は刺突に適す。
本来は逆手に構えるところ、防御に徹する為に、受けやすい順手に構えた。
虚を突いたとはいえ、いなりをああもあっさりと倒した相手だ、格上であることは言わずもがな、一対一で勝とうなどと色気は出さない。
狙いは城の衛兵の巡回、4人一組で警らにあたる彼らが巡りくれば、少なからず隙が生まれるに違いない。
じにーと同じくアカツキもまた、このまま立ち去る選択肢は無い。
最後の駒は手に入った。
儀式を万全とするために、目撃者を残すわけにはいかないのだ。
残る相手の実力は未知数、一度見せたブラフは通用しないと考える。
鬼火が回転をとめると同時、転移の扉は消失し、アカツキは右手に寄った鬼火から小太刀を引き抜く。
瞬く間に衛兵を手に掛けたときにも、突然に現れた相手である。
オスシを1人逃がせば、同じ手立てで先に狙われる可能性が高い。
せめてこれからの鍔迫り合いに巻き込むまいと、オスシから距離を取るべく駆け寄るじにーに対し、アカツキはつかつかと歩み寄り小太刀を振るう。
攻撃は最大の防御という。
こと、ここにおいては、意味が少し異なるが、もとより得手が攻めに強い短剣であるうえ、性格上もじにーは防戦を好かない。
モデルの仕事は重労働、そこで培った馬車馬のようなスタミナに物を言わせ、絶え間なくつるぎの舞を繋ぎ続ける。
いかに短剣とはいえ、特にエンシェントククリは肉厚の刃を持ち、刀身の長さにもさして変わりのない以上、アカツキの小太刀よりも重量がある。
重さはすなわち威力につながる。
しかしまずエンシェントククリをぶつけた一合目で、ともすればあっさり弾かれかねない敵の斬撃の重さを感じ取り、すぐさま、じにーは舞をアレンジした。
身体の捻りやスピン、跳躍からの落下速、敵に比べ圧倒的に不足する膂力をありとあらゆる踊りの所作で補って、綱渡りのような拮抗状態を維持し続ける。
こうなれば丸一日であろうと舞い続ける自身のあるじにーであったが、これが時間稼ぎであることは誰よりも敵が一番理解している。
既に何度目か分からぬ衝突の折に、アカツキはそのままに小太刀を手放し、続くじにーの斬撃が浅く頬を撫ぜるも構わず腰を引き地を踏みしめる。
腰に伸ばした右手に寄り添った鬼火の1つから、柄が飛び出した。
「…!」
居合の一刀が来る。
敵が刀を振る速度は認識の外。
しかし刀身から間合いは推し量れる。
すぐさま舞を変更、バックステップを織り交ぜて距離をとり、そこでじにーは失策を悟った。
「なっ…!?」
鍔迫り合いの最中でなければ、今敵の握る刀、先ほどまでの小太刀とその柄の長さが違うことに気付いただろう。
ずるりと鬼火から抜刀術の神速で振り抜かれていくのは、確かな長さの太刀だった。
小太刀の間合い分しか距離は取っていない。
これでは敵の刃は腹まで届く。
自分を真っ二つにせんと迫る斬撃は見惚れるほどに実に美しかった。
とはいえ、ここで斬られるわけにはいかない。
そうなったらオスシを誰が守るというのだ。
しかし気概だけではどうにもならないこともある。
(…ごめん)
諦念から瞳を閉じたじにーの耳に次の瞬間飛び込んだのは、自らが両断される音ではなく、気合の一喝と鋼の衝突音だった。
続く