「きぇい!!」
鼻が捩れる程の強烈な酒の匂いと僅かな獣臭に恐る恐る目を開けば、眼の前に視界を埋め尽くすほどの茶色い塊がそびえている。
特大の数珠が巻き付けられたそれが、狸の尾であることに気付くまでにしばらく要した。
簡単に圧し折れてしまいそうな杖、よく見れば僅か杖の頭が親指で持ち上げられ、うっすら覗く白銀の光沢が敵の刀を受け止めている。
刹那の間に割って入り、その僅か数センチに敵の斬撃を合わせるなど、とんだ神業である。
「…ようやく捉えたぞ」
視えぬ目で、対峙するかつての愛弟子をしかと睨む。背後で尻もちをつくウェディの女と面識はない。
よって庇う義理はないが、無益な殺生を見過ごす故もない。
ギリギリと刃を鍔迫り合わせながら、豊満な尻尾を繰り背後のじにーを安全圏まで押し飛ばす。
長い尾を持つとてオーガではなく、ましてプクリポでもない。
仕込杖を操り、じにーを救った剣客は、世にも珍妙な、うぐいす色の着物をまとい直立する狸であった。
「…ちっ」
狸を前にして、前髪とフェイスベールにほぼ隠れていようとも伺い知れるほどに敵は表情を歪める。
「この機をずっと、待っていた!!」
その姿に反して、狸の口からは流暢なアストルティア標準言語が流れ出る。
「今宵こそ眠らせてやるぞ、アカツキ!」
狸はまるで宙に浮かんでいるような跳躍から、大地と平行に構えた仕込み杖を抜き放ち、新たな戦端がひらかれた。
オスシは勿論、じにーもまた、両者の間で何度となく抜かれる刃をしかし肉眼で捉えることが出来ない。
鋼が高速でぶつかり合い生まれる火花と音だけが信じられない頻度で繰り返される。
「かっかっかっ!その変調子、誰が教えたと思っておる!!」
長さの異なる二刀、どちらともなく連発される変幻自在な居合の術に仕込杖一本で立ち打ち、あまつさえ捌ききって手数で上回り、風刃を伴う一閃を抜き放つ。アカツキはそれを肩からつながる耐刃繊維の衣で覆われた左腕で受け止め、しかし風圧を殺しきれず後退った。
すっかり外野になっていたとて、この絶好の好機を逃すじにーではない。
鋭く息を吐き、疾駆の勢いをのせて、逆手に持ったガテリアの宝剣を身体を捻って引き絞り、蜂の如き刺突を繰り出す。
狙いすましたとはいえ、蓋を開ければじにーが繰り出したのは使い古された短剣の奥義が1つ、カオスエッジ。
踏み込み、腕の長さ、短剣のリーチ。
全てを狂いなく目算し、ぎりぎり躱して反撃する。
隙を狙ったとて、じにーの一撃は、アカツキには完璧に対処されてしまう。
そう、それでいい。
心臓目掛けた刃先は、アカツキの見立ての通りに、仰け反った身体の既で止まる。
しかし、その足りない距離を埋めるとっておきの隠し玉が、じにーにはあるのだ。
右の中指にはめられたピンクパールリング。
そこにおさまる筈の宝石が消えていることに、さすがのアカツキですら気付いていない。
使い手の少ない宝石魔術、それこそが、じにーの秘蔵の一手だった。
「とった!」
じにーにより魔力を込められたピンクパールはガテリアの宝剣を滑走路に、流星の如く撃ち放たれるのであった。
続く