空気抵抗により珠から矢じりの形へ転じる程の高速でアカツキ目掛けて突き進むピンクパール。
勝利を確信したじにーであったが、この場に唯一、じにーのスペシャルを見抜いた者が居た。
アカツキの胸の奥に潜む、夜行石である。
いわば同族とでも言うべきか、じにーの手により魔力のこめられたピンクパールの気配を、夜行石だけが察知したのだ。
一時的に身体の主導権を奪い、無様だろうがなんだろうが、もとより仰け反ったアカツキの身体を更に背後へ倒しきる。
流石に支えきれぬ姿勢で、ドサリと地に倒れるも、じにーの放ったピンクパールは胸を掠めるに留まり空を切り、カミハルムイ城の石垣に深々と突き刺ささった。
倒れた身体を立て直す前に、鬼火達が地をえぐりながらアカツキの周囲に円を描き、いなりを飲み込んだと同じ転移の扉が生成される。
早鐘のように脈打つ心臓代わりの夜行石の様子を、アカツキは訝しむ。
「………?」
確かに危うかった。
しかし、ここまで取り乱すものか。
まあ、確かに目的は果たしている。
不安要素とはなるが、今更、存在が知られたとて、支障はない。
アカツキがゆっくりと瞳を閉じると同時、その身はとぷりと沈みきる。
「よさんか!」
すぐさま後を追うべく飛び込もうとしたじにーだったが、その肩を狸に掴まれた。
「でもっ!離して!!」
振り払おうにもその握力は凄まじく、擦った揉んだのうちに鬼火と共に転移の扉は消失してしまい、仕方なくじにーはようやく狸のほうを向き直る。
魔族でないにも関わらずこの堪能な言葉遣い、よほど名のある魔物に仕えていたか、およそ想像のつかない永き歳を重ねているかに違いない。
「行き先はわかっておる!」
「何処!!?」
じにーに胸ぐらをつかまれ、口を開きかけたところで、遠くからけたたましい笛の音が響く。
つい先刻までは待ち焦がれた警らの兵が、今のじにーには煩わしい。
「…今は時間がない。宵の刻、角屋で待つ!」
鞠のようにぽんぽんと飛び跳ねて狸は姿を消し、ようやく駆け付けたカミハルムイ城の兵にオスシ共々拘束されるじにーであった。
別々に取調べを受け、双方の話に整合が取れていること、そして何よりも、いなりからのつながりでオスシもまたニコロイ王と面識があることが幸いし、衛兵殺しの冤罪を負わされる事態は免れたが、丸一日を無駄にした。
敵の転移の異能からして、オスシと離れるのは不安があるが、さりとてオスシにヤマまで連れた状態で敵と遭遇するのもまたリスクしか無い。
カミハルムイ城内に二人を保護してもらい、じにーは一人、狸に言われた待ち合わせの店を訪れた。
「………」
異様と言えば異様な光景である。
隣の客と肩が触れる程の狭苦しい店内、先に入店していた巨大な狸とじにーは並んで焼き鳥の煙に包まれていた。
どうやら常連客であるらしく、じにーの他は無口な店主も含めて、ぐい呑で米の酒を一息にあおる狸を訝しむ様子はない。
「っぷはぁ!美味い!!オヤジ、もう一献!」
空になった器に、再び滑らかな透明の液体が注がれる。
一分一秒も惜しいというのに、容赦なく食欲をくすぐる香りに苛立ちを隠せない。
「まあそう急くな。これでもつまめ。味が濃い、少しずつ、な」
わずかに波打つ陶磁器の皿に載せられた、薄く切った蒲鉾のような代物。
聞けば、焼いた酒粕だという。
所々焦げ目が付きつつも鮮やか狐色に染まるその端を苛立ち混じりに僅か齧れば、荒々しい麹の滋味が口に染み入る。
かと言って勿論、はやる気持ちは少しも落ち着きはしなかった。
続く