「ん~っ、流石に呑み過ぎたぁ…」
たらふく酒を浴びたとて、翌日に引き摺るヤワな肝臓ではない。
とはいえ免れぬ身体のむくみと寝不足からくる気怠さをじにーは朝風呂で流しきり、浴衣姿で宿屋のカウンターから電話をかける。
「あ、もしもしリーネ?ちょっと用意して欲しいもんがあるんだけどさ…」
宝石魔術の最初のステップは、宝石の声を聞くことだ。
宝石には歴史がある。
掘り起こされ、磨かれ形を変え、何人もの人の手を渡り、喜びと悲しみ、時として恨みや憎しみまでもその身に宿す。
そこにある確かな声を聴き、魔力の波長をそっと寄り添わせる。
師曰く、じにーは才能が有りすぎて、なおかつ才能が無さすぎるのだそうだ。
誰よりも宝石の声を聴き届ける豊かな感受性を持っていながら、いや、持っているが故か、宝石に対し感情移入が過ぎ、瓦解するほどの強い魔力を込めてしまうのだ。
その道を諦め、短剣に傾倒したじにーであったが、やがてある宝石に出逢う。
とあるクエストの報酬としてポストに放り込まれていた、ピンクパールである。
世に出回るピンクパールの大半は、着色による紛い物だ。
厳密には、桃色の真珠など存在しない。
真珠は生きた貝類の中に紛れ込んだ異物の周りに、真珠層と呼ばれる膜が幾重にも折り重なって生成される。
その折り重なり具合の妙により桃色に錯覚されるのが、ごくごく稀に存在する真のピンクパール。
そしてそれだけが、じにーのク◯デカ感情を受け止める器足り得たのだ。
だからこそ、その調達は困難を極める。
『ピンクパールねぇ…う~ん…直ぐに用意できるのは…ワンスタックくらいかな』
「助かる!お代は振り込んどくから」
『ねぇ………危ないことしようとしてな~い?』
こういう時のリーネは、めっぽう鋭い。
「全然?」
電話越しの指摘に、つい声が上擦ってしまった気がする。
『お代は暇なときでいいからさ。直接渡しに来てよ。………じゃないと許さないかんね』
「も~、心配するようなことはないって!」
じにーは尚も尾を引くリーネの詮索を何とか振り切って、ここ、カミハルムイの宿屋へ速達でピンクパールを送ってもらう段取りを取り付けた。
勿論、じにーとて、みすみす生命を散らすつもりはない。
いなりを助け出した後は、今一度、かげろうを探す手伝いもせねばならないのだ。
そもそもの本題はそちらである。
まあ、この一件は、かなりの高確率でかげろうの失踪と絡んでいるであろうが。
ピンクパールは時価である。
リーネへの支払いは一体いくらになることか………早くも頭が痛い。
そしてよもや、うっかりこのまま踏み倒しでもしようものなら、墓石に請求書を彫り刻まれるに違いない。実にくだらないが、しくじれない理由が1つ増えた。緊張から早くも浅くなる呼吸を背伸びと共に整えて、やがて向かうべき地、カミハルムイの北にそびえる山を窓越しに見据えるじにーであった。
続く