「…ここからは時間との勝負だ!遅れをとれば捨て置くぞ!」
「こっちに構わないでいい!必ずついていくから!」かげろうといなりが捕らわれた大樹へと続く獣道。
なるほど、百鬼夜行と呼ばれる由縁を、文字通り痛いほどにじにーは目の当たりにしていた。
右から左から、果ては空から地中からすらも。
視界を埋めつくさんばかりに四方八方から迫りくる、さながら壁のような角を持つモンスターの群れに対し、道を切り拓くようにたぬきちが絶え間無く疾風を伴う斬撃を放つ。
じにーはたぬきちの脚力に釣り合わせるために用意したエアボードドルボに立ち、その後に続く。
肩から下げたサコッシュの中に詰まるリーネから仕入れたピンクパールは、出来る限り温存したい。
両の手にそれぞれエンシェントククリとガテリアの宝剣を握り、たぬきちの斬撃を受けてなお怯まずに押し寄せる爪や牙をいなし、たぬきちの後ろ姿に追いすがる。
苦しいながらも順調と思われたが、不意に横合いから巨腕が飛び出し、たぬきちを掴み上げる。
「ぬぅっ!?」
「うっそ…」
見上げるほどの巨躯、紫の外皮に無数の角を持つおにこんぼうが、もがくたぬきちを握り締めたまま立ち上がる。
「そらっ…!」
温存と出し惜しみは違う。
流星の如くじにーのもとから撃ち出された3つのピンクパールが軌跡を引き、おにこんぼうの鳩尾に直撃する。
「手間を掛けた!」
「なんの!行こう!!」
緩んだ掌から這い出したたぬきちが仕込み杖を抜き、おにこんぼうの首がズルリと落ちる。
残るおにこんぼうの身体が轟音とともに倒れる頃には、たぬきちとじにーは既にはや、土煙が届かぬほどのかなり先を行く。
そうして死線につぐ死線を潜り抜け、しかしまだ山も中腹というあたり、ついには3体ものおにこんぼうを前に2人の足は止まる。
過度のアクセルワークと、繰り返しの急旋回に急制動、とうに悲鳴を上げていたエアボードドルボをメラゾーマ代わりに吶喊させて、残るは2体。
しかし止めるよりも前に振り下ろされた巨大な槌が、隕石の如く大穴を穿ち、その衝撃波でたぬきちとじにーは吹っ飛び樹木に叩きつけられる。
「ぐ…っ…」
「う………」
互いにかろうじて武器を手放さなかったのは奇跡。
しかしすぐさま立ち上がろうにもダメージがそれを許さない。
おにこんぼうは後ろへ退がり、代わりにおにこぞうやシールドオーガ、ニードルマンなどが徒党を組みゆっくりゆっくりと2人に迫る。
絶対絶命の窮地のさなか、じにーはしかし、不意に背後から聞こえ始めた異音に気を取られていた。
「………これって」
いや、聞き間違いだ。
そんなことはあろうはずがない。
今にも止まりそうな、老人の息切れのようなエンジン音。
モデル見習い時代を共に駆け抜けた、懐かしき音だ。
だが、相棒は失った。
友の門出の手向けとなったのだ。
それでも、だんだんとその音が近づいてくるにつれ、信じられないことではあるが、もはや疑いようはなかった。
これはそう、まごうことなき、懐かしき愛馬の鼓動!
「…あっれぇ!!?」
ところが、とうとう木立をぬって現れ、ドリフトをかけながらじにーに迫る魔物の群れを弾き飛ばす見慣れぬ姿に、素っ頓狂な声が漏れた。
至近距離まで近付きあらためて、やはりこのエンジン音はかつて泣く泣く手放した愛車に相違無いと確信する。
しかしながら、大地の箱舟を模しつつも、アンバーとカッパーに渋めに染まり鈍い光沢を放つそのフォルムには初めてお目にかかる。
「お困りじゃない?お金、貸そっか?」
ここまで一気に山道をドルバイクで駆け上がってきたリーネが巨大な車体を片足で支え、くいっとゴーグルをあげると同時、星空が降ってきたかのような膨大なゴールドシャワーが戦場に降り注ぐのであった。
続く