「まずは一刻も早くここから出るぞ。いなり、いつぞやの夢を覚えているか」
「はい」
差し出された手を握り返して立ち上がり、答える。
かげろうと本気で命をかけて刀を振るったあの一合を、忘れるはずがない。
「極限まで集中して、目に見えぬ結界のかたちを掴み、斬る。幸い、ここには刀を振るう相手が五萬といる」
おおかた、いなりを斬った所で記憶を戻し、精神的ダメージを狙ったのだろう。
策は破れた、しかしみすみすこのまま逃すまいと、アカツキの命を受けた角持つ魔物達がすっかり二人を取り囲んでいる。
よりどりみどりだ。
無作法にも軽く舌舐めずりをして、鼻の痛みにかげろうはふといなりの言葉を思い出す。
「そういえば………並び立つ、か」
「うっ…大それたことを申しました…」
負けは負け、勝ちは勝ち。
とはいえかげろうと自身の絆に甘えた、搦め手にもほどがある勝利だ。
剣術では遥か遠く、まだ足元にすら及ぶべくもないと、いなりが一番理解をしている。
「そうだな…100年は早い」
「ごもっともです………」
ぐるり360度、見渡す限りに魔物に囲まれ、しかし今のかげろうには、欠片も焦りはない。
「隣は早いが…」
トンと一瞬、背中同士が触れ、いなりはかげろうの重みを感じた。
「背中は任せる」
信頼できる仲間が、ここにいる。
「はっ、はいッ!!」
やがて磁石が反発するように、二人は駆け出す。
いなりは一気呵成にベビーサタンの群れへと飛び込んで、斜めの斬撃を2振り十字に重ね眼前の4体を一息に斬り裂き、次の獲物目掛けて跳躍する。
追いきれず間抜けにもゆっくりとこちらを見上げるサイクロプスの1つ目を唐竹に両断、着地で畳んだ両足のバネ、その反発を活かして、ギガブレイクを重ね打って周りの敵を薙ぐ。
さらには大技の反動で雑草の生える地をすべりながらも、眼前のイオナズンを放つ前兆を見せていたアークデーモンに肉薄し、はやぶさを超える4連撃で細切れへと変える。
「…見事!…ああ、お前ら邪魔だ、可愛い許嫁の姿がよく見えんだろうが!」
さながら槍の如く、刺すと突き飛ばすとを織り交ぜて、かげろうは腹立たしげに繰り返し五月雨のような剣技であたりを払う。
戦場において余所見をするという不遜、それが許されるほどの圧倒的な格の違いがかげろうにはある。
とはいえ…
「かげろう様!集中してください!!」
「…おっと、そうだった」
まこと残念ながら、今は愛姿を眺める時間ではないのだ。
すっと息を吸い、海の底へ潜るように落とした姿勢から、天下無双の連撃を放つ。
その一振り一振りで都度数体の魔物を巻き込んで、瞬く間にギアを上げていく。
いなりとかげろう。
二人は戦場で離れていながらも、共に舞い踊るように刀を振るい、そのたびに互いの斬撃は鋭さを増していく。
やがて、瞬きの1つもなく、吸い込む息の流れすらその目に捉えるような、極限の集中へと至る。
「そ」
「こ」
「「だッ!!!」」
やはり、と言うべきか。
この偽りの世界と外を繋ぐ出口となる僅かな結界の揺らぎを、いなりとかげろうはほぼ同時、血の花を咲かす桜の幹に見い出した。
掛け声はもちろん、目配せの一つもなく、大樹の左右から、それぞれ斜めに揺らぎを斬り上げる。
瞬間、この空間そのものが大きく悲鳴をあげた。
続く