「………あの、気になったりとか、してない?大丈夫?」
ザクバン丘陵よろしく、半円のくぼみが規則正しく無数に並ぶ鉄板へ、鰹節と魚粉をふんだんに混ぜ込んだ生地が勢い良く流し込まれ、熱された油と触れた端からじゅわ~っと小気味よい音が舞う。
「何が?」
同時に香り立つダシの芳ばしい煙を胸いっぱいに吸い込みつつ、リーネは妹の疑問の意味を掴めず首を傾げた。
「ん~、全然?」
ミーネの言わんとすることを理解しているじにーは、一瞬考える素振りを見せながらも、リーネの隣でテキパキと鉄板にネギと紅生姜を散らしつつ、あっけらかんと答える。
「あ、そゆこと?」
じにーの答えを聞き、リーネと同じくぴんと来ていなかったいなりもまた、質問の意図を理解した。
タコの切り身が山と収まるボウルを抱えたいなりの出番には、まだ少しだけ早い。
「まああれは…何だっけ?確かにタコっぽかったけど、ルーツは異界の神様らしいし?」
ようやく意を介し、リーネは人差し指をあごに添えて思案する。
その脳裏に浮かぶはほんの数十分前のこと、紫の表皮を持つ艶めかしい吸盤まみれの巨大な触手に全身くまなくまとわりつかれたじにーの姿であった。
あまりモンスターに馴染みない妹からすれば、色や形、一番は大きさに違いがあれど、タコっぽい何モノかを掻っ捌いたあとで、食欲が湧くものかを心配しているらしい。
もし姉たちが万全のコンディションで楽しめないのであれば、なかなか難しかろうが、ミーネは日程変更も視野に入れている。
「心配してくれて、ありがとね~。でもホント大丈夫!むしろ早くたこ焼き食いたい!」
リーネはそんな妹の可愛らしさがたまらなくなって、くしゃっと妹の頭を撫でる。
「あはは、いな姉もそういうの気にしないよね~」
茶化したヤマは、当のいなりからアンタも少しは働きなさいとたしなめられ、藪蛇だったとちろりと舌を出す。
自家製マヨと、能面印のソースを携え焼き上がりを待つヤマに対して、姿の見えないオスシとキーネは、未だキッチンで味変用のあれやこれやを準備している。
今日は数週間前から計画を練りに練り、リーネ家、いなり家、じにーの予定を合わせ、待ちに待ったタコパの日。
しかしそんな日であれお構いなしに舞い込むからこそ、『緊急』クエストなのだ。
警報を聞きつけたじにー、いなり、リーネの3人は、突如としてヴェリナード港を襲撃した巨大なダゴンの討伐に乗り出し、少しの苦労はあれど文字通り晩飯前に片付けて帰還して、すぐさまたこ焼きの調理にかかっているという訳で、なるほどミーネの心配もやむなしであった。
とはいえリーネの満面の笑みでその不安も解消され、いなりとヤマ、手分けして1つ1つぶつ切りのタコを配置していき、程よく焼け固まり始めたたこ焼きの赤子をリーネとミーネが手にしたピックでくるりくるりと反面回してしばし寝かしつければ、綺麗な真円に焼き上がる。
特注のたこ焼きプレートは一度の生産数に重きを置いており、瞬く間にたこ焼きのピラミッドが出来上がった所へ、細く刻んだネギ、べギラ大根おろし、ポン酢、出汁つゆ、卵サラダなどなどのトッピングをそれぞれおぼん一杯に携えたオスシとキーネが駆けつけて、いよいよタコパの本番を迎えた。
オーソドックスなソースにマヨを堪能したあと、思い思いにアレンジに取り掛かる。
「ネギだこ!これよこれ!!」
「ん~っ、てりたま最高ッ!」
「おろしポン酢もさっぱりして良いわよ」
「お出汁をしみっしみにしてたべるのが堪らんのよね~」
瞬く間にたこ焼きの山は尽きれど、材料はまだまだ潤沢に残っている。
「第二弾、いっきま~す!」
「おおっ、来い来い!」
「タコ以外に牛スジとか、ソーセージも用意があるよ」
「いいねいいね!じゃんじゃん焼こう!」
トッピングの好みは違えど、気の合う仲間。
レモンを絞った炭酸水で口をリセットしつつ、じにー達の楽しい祭りの夜は、まだまだ続くのであった。
~完~