「………色々ハラハラしちゃう」
家主のテルルは一連の流れをフタバへ懇切丁寧な説明に加えて、普段はダンスの段取りを描くホワイトボードに種々イラストを添えて細かく記載したあと、固唾を呑んで見守っている。
「同感だ…しかし、何をしとるのかさっぱりわからん…天麩羅リングとは一体なんの意味が…」
「…テンパリングである。主にチョコレートの口当たりを良くする意図がある」
先だってフタバと並んでテルルよりレクチャーを受けたセ~クスィ~であったが、その内容は彼女の理解の外である。
フタバと行動を共にしていると度々天然を晒すセ~クスィ~へのツッコミも、ケラウノスにとってもはや御手の物となっていた。
「我慢よ皆。全部、フタバちゃんがやることに意味があるんだから」
娘はおらずとも面々の中で唯一子を持つ親であるティードは、ともすればカットインしてしまいそうな面々のストッパーの役割を果たしている。
ケラウノスのサポートは、調理器具として捉えてギリギリ許容範囲だろう。
フタバは保護者たちに見守られながら、手早くゴムベラで形を失ったチョコレートを掻き混ぜ、赤外線で温度を計測するケラウノスの合図のもと、水を張った別のボウルでチョコレートを27℃に冷やし、再度お湯を張ったボウルで32℃まで湯煎を行い、無事テンパリングを完了させるのであった。
「店主、毒入りのチョコレートはあるか?」
即効性と効果が高ければ高いほどなお良いと、口早に告げる。
「…はっ…えええ!?」
「ああ、すまぬ、つい本音が出た、今のは忘れてくれ」
やれやれと腰に手を当て、首をふる。
アキバは今、りゅーへーを引き連れ、ドルワーム王国のショコラトリーを訪ねていた。
天空をたゆたうアキバらの住まい、今日はたまたまドワチャッカ大陸の上空に位置したのは実に僥倖だった。
アストルティアでも随一のチョコレート専門店の店内には、王宮御用達から市井のオヤツまで、様々なチョコレートが宝石のように陳列され、りゅーへーの目を奪う。
「…これ、可愛いなぁ」
やがてけして狭くはない店内を5周も6周もじっくり巡ったのち、りゅーへーはようやく1つの目星をつけた。
「………うん?…そうか」
少々高いがまあ想定の範囲内、しかし…これは…
今更ながら、アキバは愛娘の美的センスに首を傾げる。
「よろしいので?」
「…構うまい」
もとより、先方に喜ばれても、それはそれで困るのだ。
店員すら若干の苦笑いを浮かべるなか、ニコニコのりゅーへーを尻目に黄金鶏神社へ爆撃もとい郵送の手配を進めるアキバであった。
果たしてバレンタインの当日。
たけやりへいのコアを模した、フタバやハクギンに当て嵌めるところのハート型のチョコレートと、受け取る相手を遥か上回るサイズのチョコヌーバ型チョコレートがそれぞれ意中の相手に届けられる。
ショコラフォンテヌ城の差し金、アストルティア製菓協会の金儲け、そのようにバレンタインを悪く捉える御仁も多かれど、チョコレートに込められた想いだけは、いつだって清く正しく美しい。
~完~