「…う…」
土の焦げる臭いが立ち込めている。
一面の焦土とかした地のあちこちで、金色の小さな小さな水溜りが沸々とあぶくをあげていた。
リーネが咄嗟のラグジュアルリムからのゴールドシャワーをぶつけることで威力を削いでなお、この惨状。霞むじにーの視界の中で、同じように地に伏せるいなりが起き上がろうとするも、ダメージに震える腕では身体を支え起こすことなど出来ず、あらためて倒れ伏す。
「お~~~い、片ァ付いたぞ!そっちは…」
起き上がる様子のない3者をねっとりと睨め付けたあと、くるりと振り向いた悪鬼坊の視線の先。
アカツキへの弔いの遠雷が鳴ったのは、まさにその瞬間だった。
「ああああああああああああ…ッ…!!!」
戦場に響き渡るかげろうの叫び声。
何としても斬らねばならなかった。
しかし、何としても斬りたくなどなかった。
そんな相手を、10年を経てようやく、斬ったのだ。
万全の状態ですら、遠雷は消耗が激しい。
ぷっつりと緊張の糸が切れ、崩れるように膝をつくかげろうに代わり、10年前の致命傷と寸分違わずかげろうが遠雷にて割り開いたアカツキの胸の傷口から、刑部が夜行石を鷲掴み引き摺り出す。
「…あ~あ、何だよ、負けちまってやんの。だっせぇ」
夜行石を宿すアカツキが敗れたというに、悪鬼坊はまるで危機感無く、心底下げずむように舌を垂らす。
「しっかしスゲェな今の技?なぁそこの女ぁ!そんなガラクタはほっぽいて、今度は俺と遊んでくれよ!!」
「…ふざっ!けるなぁッ!!」
いなりの堪忍袋が尾どころか丸ごと弾け飛ぶ。
今のかげろうが消耗から戦えないだろうとか、そういう話ではない。
いなりは、かげろうをよく知るが、アカツキを知らない。
じにーは、たぬきちを通して少しはアカツキを知る程度で、ましてかげろうのことはつゆ知らない。
リーネに至っては、かげろうのこともアカツキのことも、よく知らない。
それでも、魂からの叫びを聴けば、二人の間には、ただの敵と片付けることの出来ない、深い過去があったのだと嫌でも分かる。
なのにコイツは、かげろうの慟哭を聴いて、何故そんなに身勝手に振る舞える?
こんなクズは、直ぐ様叩き斬らなければならない。
怒りに身を任せるは愚行といなりは知っている。
しかし今この瞬間、動かぬ身体に鞭を打つには、ちょうど良い。
これまでの戦いで体力は底をつき、受けたダメージもとうに限界を超えている。
それでも3人は、確かに地を踏み締め立ち上がる。
「おっ、おっ、お!?なんだお前らも随分とイケるくちじゃねぇか。嬉しいぜぇっ!」
立ち上がり、先陣をきったいなりへ、悪鬼坊はゲラゲラと笑いかける。
保ち直したとてコンディションの悪さは言わずもがな、この状態で二刀振るうは分が悪い。
愛刀、薄刃緑一本を握り締め、悪鬼坊へ駆ける。
先の技は、悪鬼坊にとって消耗が激しく、連発はできないのだろう。
出来るのであればあの享楽的な性格上、容赦なく繰り返し放っているはずだ。
裏付けるように、刀から伸びる蛇は随分と細ましく変貌を遂げていた。
然しながら、まさしく鞭として振るうには逆に適正になったと言える。
悪鬼坊が突き出すとともに、引き絞ったバネが爆ぜるようにいなりの肩を狙い迫る蛇頭、駆ける勢いはそのままに、掲げ上げざま、刃をたゆらせ風を巻き込んだ斬撃で唐竹に鬼火の蛇を斬り捨てる。
その頃には悪鬼坊は既にいなりの間合いの内、地面すれすれまで落とした切先を左下から斬り上げ、防がれようとも悪鬼坊の刀を滑走路に薄刃緑の切先を天へと走らせて、その勢いを跳躍と回転に載せて真横一文字に振り抜く。
そうして一度細切れにされたとて、斬ったは炎で象られた蛇、断面がそれぞれ求め合うように繋がって、ぐるりといなりを取り囲む。
先程、大技を放ってくれて助かった。
全身くまなく炎に撫でられたおかげで、今この熱さを無視できる。
一切の怯みなく、悪鬼坊へと刀を振るい続けるいなりであった。
続く