「え~っと…団長と会うときは…僕どんなだったっけかな?」
エテーネ王族と月の民のハーフという稀な出自の青年、ジークは待ち合わせの場所で1人、ツンツンの白髪を掻き混ぜる。
モシャスを得意とする彼、ないしは彼女は、種族から性別まで、その時の気分で自由気儘に変えられるため、ついうっかり、相手の記憶と異なる姿で知人に声をかけてしまい、訝しまれる事が少なくない。
『お~い、お待たせっ!』
熟考の末、ジークが団長と呼び慕う、アストルティア全土に悪名轟くマージンという男のTPOから考えるに、今現在の人間男の姿を選んだのは正解だったようだ。
しかしながら、待ち人が遥か頭上からジャイロの回転音を伴って現れるとは思わなかった。
迫りくるは、銀に染まるジェットバード。
4人搭乗することが可能な、超大型ドルボードである。
「すっご!」
垂らされた縄梯子を昇る最中、ふと目にしたドルボードの側面に刻まれたエンブレムにどうも見覚えがある気がするのだが、僅かな気がかりなどジークははや意識の外、席に着くなり眼下に広がる景色に歓声をあげる。
「…それにしても、良かったんすか団長」
ジェットバードに揺られながら、ジークはかねてからの疑問を口にする。
「何が?」
「いや、奥さんやお子さん差し置いて、一緒に特別メニューだなんて」
「ああ、それな!何でも、当日、誕生日の人にしか提供して貰えないメニュー食いに行くから、さ。こっちこそせっかくの誕生日にすまんな」
何と言う偶然か、今日この日、マージンもジークも揃って誕生日を迎えたのである。
「いえいえ、夜は予定が入ってますけど、それまで空いてますから!そういうことなら遠慮なく、ゴチになります!」
マージン率いる兵団内ではまだ新参ながら、子犬のような快活さは息子ハクトとまた違って好ましい。
僅かな憂いも消え、会話が弾むうち、ジェットバードはあっという間に目的地へと辿り着く。
「あいよ、一根麺、お待たせ!」
席につくなりほとんど間髪入れず、顔がすっぽり納まりそうな大ぶりな汁椀が二人の前に運ばれてくる。
「おおっ…」
鼻をくすぐる香りからして、普段とは一線を画していた。
ここ、虎酒家の麺類は、鶏ガラをベースに野菜を煮込み、鰹の一番出汁で整え、最後に豚脂をアクセントに加えた優しくも深みあるスープに浸るのが常である。「これは…牛骨か…なるほど」
シンプルに牛骨と牛テールの旨味だけを抽出した浮かぶ脂もきめ細かいスープ、そしてそれに相応しい純白の麺が沈み、散らされた小口ネギが鮮やかな翠を僅かに添える。
そして何と言ってもこの料理の特徴は、『麺が一本』であることだ。
途切れず啜りきる事で、無病息災、長寿を祈願するとされている。
流石に数口に分けざるをえなかったジークとマージンであるが、うどんより細めの麺で、それでいてもちもちとした食感が何とも好ましく、あっという間に汁まで完飲した。
それを見計らい、テーブルには次なる一品、蒸籠に綺麗に収まった寿桃、いわゆる桃饅頭が供された。
手に取られてなお湯気をまとうそれを一口頬張って、ジークは目を見張る。
「ただの餡じゃない…これは…」
「南瓜か!コイツは旨い!!」
薄桃に染まるふかふかの皮の中には、黄桃の断面を思わせる南瓜と卵黄とバターで仕上げた滑らかな餡。
アクセントに散らされた砕いた南瓜の種もまた食感を楽しませる。
けして小さくはない一つをあっという間に平らげ、2つ目に手を伸ばしたその時だった。
『あ~、あ~、マイクテス、マイクテス。おっほん。虎酒家にてお食事中の皆様、大変失礼致します』
拡声器を通し外から響き渡った声に、マージンは突如として、冷水を浴びせられたようにがたりと席から立ちあがるのであった。
続く