「…リーネ」
「わかってる。アレ、やるよ」
いなりが悪鬼坊を抑えてくれている今なら、とっておきを披露できる。
ともにスーパースターと踊り子の果てを目指したじにーとリーネ。
ここは山頂、ステージもランウェイも何も無い空舞台であるがしかし、美を極めんとしのぎを削りあった最高の好敵手が、隣にいる。
遡ること500年の昔。
当時のモード界は酷く狭量で、背の高きを、足の長きを、身体の細きを無条件に尊ぶ、誤った風潮に支配されていた。
そこに異を唱え、ついには己が身と扇子2つで常識を覆した、一人のドワーフがいた。
彼の名はワッサンボン。
魔公王イシュラースの軍勢と戦った『太陽の戦士団』の1人にして、稀代の踊り子である。
彼の編み出した美しき奥義は、次元の狭間から迷い込み猛威をふるった破壊神の一部をも封じ込めたという。
これは、その逸話に憧れて、かつて二人でコンテをきったスペシャリテ。
オリジナルを知る術はなく、ただただ長い舞だったという情報だけを頼りに、ゴスペル、アリアにララバイ、舞に舞続けやがて乱れ舞、互いが互いを引き立てあうタイミングを阿吽の呼吸で読み取って、あらゆる技を体力の限りに繰り返す。
やがてもはや美の魔物と呼ぶべき域に足を踏み入れる二人は、見るものに銀幕の如き世界を幻視させ、歌の神のスコアのもと、荒ぶる神の舞が捧げられる。
いつ誰が名付けたか、この2人の晴れ舞台を、『ファルパパの福音』と呼ぶ………
背後で、じにーとリーネの魔力が途方もなく増大していくのを感じる。
引き摺られてこちらまで高揚するほどだ。
彼女らは長い付き合いらしい。
とっておきの何かがあるのだろう。
しかし、その出る幕は無い。
こいつは、かげろう様を侮辱した。
断じて許せるものか。
こいつを叩き斬るのは私だ。
いなりは勿論、じにーも、リーネですら、3人が3人とも、悪鬼坊を討つのは自分をおいて他にないと振る舞うがこそ、そこに勝機が生まれる。
眼前のいなりの背後の2人が何かを仕掛けてくることは馬鹿でもわかる。
しかし、妨害の手を伸ばすのを赦してくれるほど、いなりは甘くはない。
「そんな余裕、貰えると思うな」
「くはははっ、そりゃそうか」
僅かに気を逸らした瞬間、拮抗は崩れ、いなりの刀が悪鬼坊を撫でる。
ここへ来て、いなりの刃はさらに苛烈さを増していた。
そうしてついに、じにーとリーネの準備も整った。
じにーとリーネ、2人のバイブスが最高潮に達した時にだけ、限界までアゲアゲになった彼女達の魔力は大気中を伝播し、放たれたあとの地に溶け広がるゴールドに再び舞い踊る力を宿す。
「故意によるゴールドの変形、加工、改造は重罪。だけどま、誰かがもうぶっ壊しちゃったもんは、構わないよねぇ?」
「そうそう、仕方ない仕方ない」
未だ液化したままのゴールドを1つ2つと手繰り寄せ、型に流し込むイメージを描いて、より攻撃的な姿へ錬成する。
散らばっていた千を超えるゴールドは、無数の金色に輝く妖精の剣へと変貌を遂げ、主の合図を宙で待つ。「………あ~あ、そんな奥の手あるなら、使うんじゃなかったぜ」
最大火力で辺りを焼き払う、悪鬼坊の奥義、『大蛇薙』。
いなりが睨んだ通り、一度放てば、要する魔力の回復の為、小一時間は使えない。
いやしかし、それでもこれは凌げたかどうか。
だいたいが今、悪鬼坊はいなり一人の攻撃を捌くのでやっとである。
「お前が下劣で助かったよ。ブチ切れてなきゃ、ここまで上手くは操れなかった」
感謝の一つもしてやるさ。
おかげで思う存分、お前を叩きのめせる。
長年連れ添った夫婦の如く、言葉もなくシンクロし、かざされたじにーとリーネの指先に従い、数多の金色の剣がまさしく堰を切ったように悪鬼坊へ押し寄せるのであった。
続く