「遅い!」
エルトナの何処か、アズラン近郊のよく晴れた空にじにーの怒声が響き渡る。
「ほら怒られたじゃないですかかげろう様!」
背中は任せるとは何だったのか、寝惚けまなこのかげろうは、むしろそのいなりの背に負われるようにして、あと5分、あと5分とうわ言を繰り返している。
「リーネさん、ごめんなさい」
どさりとかげろうを手放すと、いなりは深々とリーネに頭を下げる。
「ウェイト!私への詫びは!?」
ぴょんこぴょんことリーネの肩越しに右から左から顔を覗かせるじにーのことは完全無視である。
「気にしない、気にしない。ほら、いつも遅刻するのはじにーだからさ、ここぞとばかりに言ってるだけ~。それよりも…ふふ、仲直りできてるみたいで良かった」
年末年始は家族で過ごし、たこパの際にはかげろうが不在だった為、リーネがいなりとかげろうに揃って会うのはあの夜以来、実に数ヶ月ぶりである。
下山の折、どことなくぎこちない空気を漂わせていた2人の事がずっと気にかかっていたのだ。
「とりあえず間に入るの面倒くさいから、まとめて同じ部屋にぶち込んどけって、じにーのアイデアだったんだけど~。正解だったみたいね~」
「あ~っそれ内緒…」
慌ててじにーはリーネの口を塞ぐも、既に手遅れである。
「やはり貴様か!どんだけ気まずかったと思とんねん!!」
事後、かげろうがいなり家に身を潜めたのは、容態が落ち着くまでカミハルムイの追求を逃れる為であり、なにも離れの六畳一間に二人きりで押し込められる必要は無かっただろう。
かげろうとアカツキの間柄が気になっていたいなりであるが、とはいえスパッと切り出せるはずもなく、去年の暮れ頃はしばらく悶々とした日々を過ごす羽目になったのだ。
「あたたたたたたっ、頭割れるぅ…!」
飛びかかってじにーの頭を抱え込み、ギリギリと絞めあげる。
「…先に店内、入りましょうか?」
「そうだな」
リーネとかげろうが姿を消している事に気付くまでの数分間、不毛な争いは続いたという。
マージンの手により吹き飛んだ、もとい解体された旧店舗にかわり、また新たな地に店を構えた虎酒家。
魔法建築工房『OZ』の手による新店舗は、以前よりも客席数が増大、また、地下の居住スペースはミアキスの義娘イルマがイザベラから託された子どもたち共々、ゆうに暮らせる広さがある。
二階の元宴会室を布団で埋め尽くし、重なり合って眠る必要もこれで無くなったのだ。
「お連れ様は中二階の左側のテーブルでお待ちですよ~」
先に入店したリーネかかげろうがこちらの容姿を伝えおいてくれたのだろう、入るなり、両手にそれぞれ皿を運ぶ途中でありながら、アオザイに身を包んだプクリポの少年が慣れた様子で誘導してくれた。
臨時アルバイトのプクリポの少年、ごましおは、連れの待つテーブルへ向かう新たな来客の後姿を見送ると、チームメイトが待つテーブルに慣れた様子での春巻きを積んだ大皿と、短冊切りの大鶏排ののせられたデカ盛り炒飯の皿を並べていく。
大親友ミサークの注文した大鶏排が一切れ姿を消しているのは、もはやお約束である。
チームの頼れる姐御、ドワーフのウィンクルムからチップ代わりに春巻きも一本頂いて、熱々の筍と海老の餡に上顎の皮を火傷しながらカウンターへと戻る。
隣の小テーブルでは、メニューに迷う冒険者夫婦を前に、注文を取りに来たごましおと同じく臨時アルバイトの少年、ハクトが呆れ顔である。
「油爆蝦と葱爆羊肉で迷ってるんだ、ちょっと待ってくれ」
「………父さんそれ、絶対字面で選んでるでしょ」
「両方行っちゃいなさいよ。あ、私は五目焼きそばね」
「はぁい!承りました~!!」
喧嘩も一段落し、かげろうとリーネを追いかけるようにいなりとじにーが飛び込んだ店内は、久方ぶりに虎酒家が開いたとあって大盛況。
ミアキスからは家族総出でと誘われてはいたが、取り急ぎ4人に絞ったのは正解だったようだ。
オスシにヤマ、ミーネにキーネも連れてでは、なかなか席も都合がつくまい。
落ち着いた頃に、またゆっくりと足を運べば良いのだ。
続く