六人掛けの大きなテーブルには、かげろうとリーネが先んじて注文した料理が所狭しと湯気をたてている。「他にも色々、あ、もちろん正宗麻婆豆腐も注文しておいたぞ。辛いのが好みだったろう」
「ありがとうございます!…って、もう呑んでる…程々にしてくださいよ?」
かつてヒッサァとハクトの唇を灼いた正宗麻婆豆腐を待つ間の繋ぎに、たっぷりの餃子がのった大皿が1つと、三段に積まれた蒸籠の塔が2つ。
紐解けば肉まんや小籠包、海老焼売など、色とりどりの点心がそれぞれにひしめく。
料理に箸を伸ばすのはちゃんといなりとじにーを持ちつつも、酒は別口、かげろうは紹興酒を瓶で抱えて早くも1杯引っ掛けている。
席に着くなり、更に運ばれてくるは野菜の翠も眩しい二皿。
「回鍋肉に青椒肉絲!分かってるぅ」
「エビチリも注文してあるわよ」
「追加の品が届く前にさらえてしまわんとなぁ」
各々、取皿に大きめのレンゲで思う様山を作り、舌鼓をうつ。
あっという間に皿は空になれど、即座にまた新たな料理にすり換わり、宴は続く。
辛み控えめでトマトの旨味が強いエビチリに、鶏ガラ香る汁そばの小鉢もツルンと平らげたところで、いよいよ待ちに待った麻婆豆腐のターンがやってきた。
「…『食い別れ』って言ってね。順序も何もかも、まあ目茶苦茶で申し訳ないんだが。故人が身を清め、白装束で旅支度をするように、見送る側は皆で1丁の豆腐を食べ分け、酒を含んで身を清めるのさ」
そう言ってミアキスの運んできた溶岩のように赤く染まった豆腐に白としての効力があるかは甚だ疑問であるが、そもそも肝心なのは気持ちである。
まあ既に皆、散々になまぐさな食事を経ているが、そも今日の会食の名目は、刑部とアカツキの弔いの精進落とし。
事情が事情だけに、ちゃんとした葬儀など迎えるべくもなかった2人を偲び、涙を辛さのせいと誤魔化すに、正宗麻婆豆腐の麻と辣は実に都合が良かった。
これまでの主菜を受け止め程よく減った白米の上に麻婆豆腐をかけ入れれば、辛さに逆らうように米の甘みが一層引き立つ。
料理の熱と香辛料の刺激に散々にいたぶられた口の中を杏仁豆腐でリセットした後、名残惜しくもジャスミンティーと胡麻団子を口の中に転がして、ようやく、弔いの期間の最後を飾る晩餐は、終わりを迎えるのであった。
そうして、カミハルムイへと馬を駆るいなりとかげろうを見送って、じにーとリーネもアズランの宿に帰るべくドルバイクへ足を向ける。
「…うっぷ。運転ちょっとまって。今揺らすとヤバい」
あらためて修理を終え、はれてじにーのもとへ帰った愛車に跨り、ポコンと膨らんだお腹をさする。
百鬼の中を駆け抜けた時と同様にタンデム、しかし勿論、今宵の運転はじにーである。
「しょうがないなぁ………あ、そうだ、コレ」
じにーの胃が落ち着くまでの時間つぶしという気軽さで、リーネはずっと腰の後ろに下げていた白い包みを差し出す。
「思い出したように渡すもんじゃないでしょうよ。まあでも、その方が受け取りやすくて、助かるわ」
中身は想像の通り、ふわりと布を取り去れば、見覚えのある黒刀が姿をあらわす。
たぬきち愛用の仕込み杖の直刃は組み合わせるに都合良く、ガテリアの宝剣の柄にピッタリとフィットしていた。
「…喜んでるみたいね」
もとはただの鍛鉄であろうと、永きに渡り使い手に愛され、そしてその想いを託された刃は、相応しき使い手のもとに渡ったことで生命が宿ったようにりんと輝き、爽やかな風を吹かせる。
「うん。いい風………」
たぬきちとアカツキ。
2人に救われて、今ここにじにーは生きている。
今日この日まで、何気ない日常を送る傍ら、思う存分悲しみに暮れた。
忘れるのではない。
置き去りにするのではない。
ただ、たぬきちとアカツキのことで悲しむのは、今日で最後にすると決めた。
これは取り残された者の詭弁と言われるだろうが、明日からは、2人の思い出と、笑って暮らすのだ。
いつか果てる、その日まで。
かげろうに、ミアキス。
そしてじにー。
悲しみを乗り越えて進みゆこうとする3人を後押しするように、風はいつまでも、優しく吹くのであった。 ~完~