それはまだ、りゅーへーがりゅーへーと名付けられるよりも、ずっとずっと前の話。
「………母さま…」
「なんだ、眠れないのかい…?」
天空に浮かぶ雲の住まいで、金色の竜、アキバはまだ自らの掌の大きさにもみたない愛娘をそっととぐろの内に抱き寄せる。
暖かさにクルルと喉を鳴らすと、竜の赤子は母に眠る前の御伽噺をねだる。
「ねぇ母さま、世界の父さまのおはなしを聞かせて」「そればっかりだね、お前は…やれやれ…」
毎夜毎夜繰り返し。
よくも飽きないものだ。
しかしアキバもまた、今は亡き連れ合いの遺したその話が、嫌いではない。
「昔々…ただ黒く、形ない闇だけが広がっていたところに…」
1人の神様が、その暗闇に灯をともそうと考えた。
そうして神様は世界の規則を決めて、そしてそこに、物語を与えた。
神様は昔馴染みの仲間を1人連れてきて、規則と物語をいきいきと動かすためのを歯車を作ってもらった。
やがて面白そうなことを始めたな、と、次から次に神様たちが集まって、ある神様は、物語を楽しく愉快にする為に、色んなものに、形を与えた。
玉ねぎのような可愛らしい不定形の生物を。
怪しい力で動く空っぽの鎧を。
神秘の力を操る魔導の信奉者を。
更には、世界を手中におさめんとする悪い竜の王様を。
そして最後に、囚われの身となった麗しいお姫様を助けに向かう、勇ましい勇者様を。
そうして輪郭をもった世界にリボンを添えるように、物語をはずませる音を生み出す神様も加わって、遂に最初の世界が産声をあげた。
1つめの世界の仕上がりに満足した神様たちは、2つ、3つ、そして4つ、5つ、6つ、更には7つと8つ、やがて9つ、10と、たくさんの揺りかごを送り出した。
しかし、神様たちの時間とて、無限ではない。
また新たな地、ここではない何処かへ旅に出る時が訪れる。
始まりに繋がる11個目の世界を生み出したのち…
「………おやおや、眠ってしまったか」
規則正しい寝息で腹をくすぐる愛娘の頭を、そっと指の背で撫でおろす。
もとより、最後まで聞き届ける、と言っても無理な話だ。
この世界創造の御伽噺は、終わることはない。
始まりの神々の幾人かが旅立った後も、彼らと共に世界を創り上げてきた八百万の神々、その胸にともされた灯が、消えることはないのだから。
さあ、明日はどんな冒険の物語が生まれるんだろうか。
目に入れても痛くない大事な大事な愛娘が、やがて何処ぞの鳥類の歯牙にかかり珍妙な名前をつけられてしまうなど夢にも思わず、やがて揃った寝息が静かに夜に流れる。
…これはこの先もずっと…ずっと続く、竜の夢…