わが肉体も錬金術の冴えもすでに頂を過ぎ、後はおとろえていくのみ………
我の才覚はついに師に遠く及ばなかった。
かくなる上は禁断の秘法に手を伸ばし、他の錬金術師たちの知識と技術を食らってでも生き延びるよりほかにない。
たとえ外道に堕ちようとも、心理に挑むことをあきらめたならば、わが人生は意味を失いただの喜劇となるのだから………
「………そうさな。その劣等感すら掌の上で与えられた物とも知らず、死後に至るも傀儡となる。お前の人生、その全てが極上の喜劇だったとも」
カビの匂いを纏うページを傷めぬよう慎重にめくり、金髪のドワーフの女はくすりと笑みを浮かべる。
「またその手記を読んでいらっしゃる」
背後からの、拗ね咎めるような声に気付き、女はパタンと古びた手記を閉じた。
エテーネの末裔ユルールによる度重なる時渡りと時の改編の影響を最も受けたのが、レンダーシアにそびえる魔塔である。
各階層の内部構造から、はてはそもそもの高さに至るまで、そも原型を留めぬほどに変容を遂げていることを、時渡りに関わらぬ者たちは知る由もない。
故に、『錬金喜劇』なるその手記が古びた本棚から姿を消していたとて、それに気が付く者はいるだろうか。
「あれは所詮、駒の一つであったが…駒として優秀であったことは事実だ。お前もまた、然り。優秀な物を愛でて、何が悪い?」
「いいえ、全てはジェルミ様の気の赴くままに…」
自分も使い捨ての駒と呼ばれた事を意に介さず、紅い革のソファに腰掛ける女の膝に擦り寄るその姿は、恋い慕う主、ジェルミと瓜二つ。
しかし、その額の中央には、錬金術により創られし魔法生物の証たる赤い宝石が顔を覗かせている。
「『乙女のたましい』も必要な数に至りましたね」
「うむ」
気怠げな視線を向けた先、オーロラの如く目まぐるしく色を変える宝玉が、球体ガラスの巨大水槽の中に100と納まっていた。
必要なものは二つ。
まずは、人々、とりわけ年端もいかぬ乙女の嘆きを絞り集めて形とした宝石。
秘法の副作用から精神の守りとなるそれを集めるため、堕ちたレイダメテスの欠片を魔法生物と変えて災厄を振り撒き500年、幾体かは冒険者の手により既に討滅されたようだが、それは些末な問題だ。
こうして必要な数は整った。
そして、もう一つ。
アストルティアの民は短命であればこそ、その生涯を通して実に多くの成果をもたらす。
久遠に等しい永きに渡り、己では発見出来なかった秘法を増幅する術。
バルザックは見事、短い一生の中でそれを見い出した。
出来れば最後にその体でもって効果の程を確かめたかったが、そこまでは高望みというものだ。
逆に不完全な状態のサンプルとなってくれたことに礼を言うべきだろう。
残念ながらバルザックの成果を手中に納める計画は失敗に終わり、『おうごんのうでわ』は、かの盟友ユルールの手により火山に消えた。
しかし、一度造り出されたものであれば、再び造ることができるのは道理である。
核となる素材は、伝説の魔物、グランドラゴーンの骨。
本来、神話の時代の代物であるが、500年、ウェナ諸島辺境にて起こった小競り合いの折、運良くこの世に現出した。
その5つの頚椎のうち、一つが先の通りカルサドラ火山に消え、2つが行方不明、1つが新型の大地の箱舟の動力源としてレンドアの研究施設にあり、狙うべき最後の1つが、ケルビンなる狂った科学者のもとにある。
となれば、狙うべき先は決まっていよう。
既に使いは送った、あとはのんびり、知らせを待てば良い。
ジェルミはグラスを持ち上げると、魔法生物の頭を撫でながら、ゆっくりと琥珀色の液体をくゆらせるのであった。
続く