生物にあてはめれば肋骨にあたるだろうか。
根太、大引がすっかり取り払われ、いよいよ本日の本題である柱の根本が顔を見せた。
ちなみに、いわばシロぐんたいアリによる宴の後の状態であった根太は、見た目こそ形を残していたが握ってみるとスポンジのようにくしゃくしゃで、撤去はじにーも手伝ったのだが、手に残る嫌な感触をなかなか振り払えず、作業を終えても未だに口元が波打っている。
しかしながら、そんな不快感を吹き飛ばすような奇跡の出来事が目の前で起こっていた。
「すっご!これなんて呪文!?」
家屋の歪みは柱の沈み込みが原因。
それを正すべく、ロマンがレプリカ加工ロボから取り出したのが、何やら打ち上げ花火台を小さくしたような筒状の装置だった。
ロマンはそれを柱から伸びる根太掛けの下に設置すると、オールを漕ぐように何度も装置のレバーを上下に動かす。
するとあら不思議、大黒柱がゆっくりとだが確実に浮き上がっていったのだ。
「油圧ジャッキ。呪文じゃねえよ、大工の技術さ」
すっかりあらわになった床下の大地を踏み締めるレプリカ加工ロボから照射されているレーザーの指し示す標準位置までは、さらにおよそ4センチ。
上唇を舌先で湿らせ、瞬き一つせず、繋がる他の柱の様子を確認しながら、ロマンは慎重に作業を進めていく。
「よし!この高さだ!」
柱と土台の間に出来た隙間に厚みを合わせた木材を挿し込んだ。
「一番重さがかかるからな。巨竜樹の幹から削り出した。さ、これで歪みは直ったはずだ。外から見てみな」
「………うわ~~~っ!凄い!!傾斜が整ってる!」ビシッと地に水平に整った茅葺き屋根の様子は、今朝までの状態からはとても想像がつかないほどに美しい。
「茅の状態は悪くねぇ。そりゃ、多少は差し茅も必要だが、まだしばらく、そうだな、15年位は保つだろう」
じにーに続いて屋根を見上げたロマンは柱の調整がうまくいったことに満足げに腕を組んだ。
「よ~し、とりあえず一段落だが、まだまだ今日の工程は終わりじゃねぇぞ」
前日までに運び込み、縁側に積まれていた新たな床下の支えとなる木材を、ロマンはテキパキと運び込み、組み上げていく。
勿論、前日までは床材がはられていて見えず、さらに建物の歪みもあり、正確な採寸などできよう筈もない為に、ロマンによる勘と目分量で切り分けられた木材たちだが、そこは天下の大棟梁である。
まるで木材達が自ら示し合わせたかのように、微調整すら必要なく、新たな根太と大引はバシバシッと組み合わさった。
「…さ、こっからはお前さんにも手伝ってもらおうかな」
床板をはる前の最後の仕上げ、ロマンはレプリカ加工ロボから何やら背負い紐のついたタンクを取り出す。「おっ!何なりとやらせてもらいますぜ、大棟梁!」「こいつは、毒消し草とニガヨモギを搾って作った、シロぐんたいアリ除けの薬だ。全体にまんべんなく頼むわ」
「アイ、サーっ!」
成分的には無害とはいえ吸い込み防止にマスクを装着し、二度と被害にあわぬよう入念に構造材へふりかける。
その間にロマンは無駄無く差し茅を行って、やがて薬剤が乾いたのを見計らって新しい床板をはり、畳を納めて、まだ日もぎりぎり見えるうちに、通常であれば一週間は要するであろう大工事が完了したのであった。
「ふぅ!俺っちの手伝えるところはここまでだ。あとはここであんたが過ごすうちに、ダチが盆じゃなくても帰りたくなるくらい、最っ高の家に仕上がっていくだろう」
キュッと1杯やりたいところだが、互いに帰りのドルボードの運転がある。
代わりに、ロマンは懐から鈍い金色の缶を取り出した。
それはグランゼドーラにある老舗、『キャベンディッシュ&コーディ』のキャンディ缶。
見た目にも高級感があり、嗜好品として名高い人気があることはじにーも知っている。
「…果汁をふんだんに使った、みずみずしくすらある程のフルーツキャンディが有名なところだが、もちろん他のフレーバーも絶品でな」
「バタースコッチ!そりゃ旨そう!!」
本来、甘いものはブラックコーヒーとセットでないと嗜めないじにーであるが、今日の疲れた身体なら、単品でも楽しめそうだ。
くっつき防止で白いコーンスターチの粉がまぶされた一つを指で摘み口に運べば、コク深い甘みが口いっぱいに広がる。
濃厚でありながら喉にも残らぬスッキリした味わいのキャンディは、確かにフルーツ味の影に隠しておくのは勿体無い。
ロマンと列び縁側に腰掛け、疲れを誤魔化すように足をぷらぷらと遊ばせながら、いつかリーネへのお土産に買って帰ろうと算段をつけるじにーなのであった。 続く