今度はキャラメルと林檎のマフィンを嗜むリーネのバッグに収まるそれは、じにーが飲むコーヒーとはまた品種が異なる、店主のとっておきの珈琲豆である。
「…う、うん、ちょっとやっぱり抵抗あるけど…まぁ楽しみ、かな」
理性と好奇心を天秤にかければ、ほんの僅かにだけ期待が作用し好奇心が勝る。
豆の名は『コピ・ルアック』、店主が涙ながらに採取にあたっての苦労話を語って聞かせてくれたそれは、本来、こんなフランクな場所ではお目にかかれない高級品である。
じにーが若干の難色を示したのは、その豆の採取方法にある。
ルアックとは、現地の言葉でくびながイタチを指す。何故珈琲豆に魔物の名が冠されているのかと言えば、それすなわち、くびながイタチの糞の中から豆を回収するからである。
くびながイタチが珈琲の実を食べ、その腸内にて独自の腸内菌と発酵作用を経て排出された珈琲豆は、他にはない得も知れぬ味わいを誇るが、その生み出されるプロセス故に少量しか取れず、入手が困難であるのだ。
一人よりは二人、頭数が増えれば効率も上がるとふみ、他者からすれば相棒、自分からすれば疫病神たる長年のツレである爆弾工作員を採取に誘ったのが店主の失策であった。
くびながイタチの生息地は、何とも厄介なことにばくだんいわの群生地と密接で、あとはもはや言うまでもあるまい。
店主が手入れを欠かさぬサラサラのおかっぱヘアーの右半分は、未だにアフロと化していた。
そうこうして、山とあった戦利品を四人で平らげ、いよいよ本題、一度は通り過ぎた鉄器を扱う露店の前へと舞い戻る。
「これが良さそうだなって思って」
「どれどれ………」
火通しにも使えそうな広く平らな底面に、ほぼ垂直に深さのある鍋肌、上から吊るしやすい半円を描く握りもポイントが高い。
アクセサリーだけでなく、こうした工芸品にも造詣が深いリーネが回し見れば、光の加減で黒鉄の中に時折、翠が覗き、リーネは目を見張った。
「…これ…もしかして…いやでも、安すぎる…」
じにーの直感は鋭かったようで、しかしながら、だとすれば桁が違う勢いでまったく釣り合わない価格設定にリーネは困惑の言葉を漏らす。
「お、嬢さんがた、お目が高いねぇ。そいつはナドラダイト鉱石を使ってる」
「やっぱり!でもなおさら、ナドラダイトを使ってこのお値段なんて………」
安ければ安いに越したことはないのだが、そうなると理由を勘ぐらざるを得ない。
「もうしばらく前になるが、筋肉ムッキムキのドワーフと、顎髭の荘厳なオーガっちゅう二人連れの目立つ爺さんがたがな、なんでも一族総出で故郷に帰るから物要りだっつって、いろんなもんを結構な量、卸してってくれたのさ」
「なるほど、そんなことがねぇ…」
思い起こせばエテーネ王国が現れたあたり、バザーの相場が乱れた記憶がある。
理由が分かれば現金なもので、安ければ安いほど良かろうもんである。
「さっすが商売人だねぇ」
「最初は何を作るか決めてるの?」
「へっへ~、実は決めてあるけど、まだ内緒~」
リーネの交渉でサイズの合う木蓋までサービスしてもらい、ホクホクで帰路につく四人であった。
続く