「………ありがとう、少し頭がスッキリしました」
革袋に詰めて用意していた水はマダンテカノンの熱で干上がってしまっており、ミネアはユクから差し出された水筒の中身をばしゃりと被って、未だ意識を苛む熱気を祓った。
「ドラゴラムかぁ…竜に変身するなんて、竜族しかできない芸当だと思ってた…」
幾分か歩みもまともになった様子ではあるが、引き続きミネアの体調を気遣いつつ、ユクは共にギガパレス内を進む。
「………一人でも行くと聞く耳を持たない姉さんを、縛りつけてでも止めるべきでした…」
ユクもまた、インパスが意図せず発動する事がある。同様に、ミネアは突然に水晶に浮かび上がった光景の中に、紫の体色を余す所なく血に赤く濡らす竜化した姉の姿を見たのだという。
妹を安心させるため。
確か、タロットで占った際、マーニャがポツリとそう漏らしていた。
ミネアの占い結果を受けて、違う未来を求めてユクのもとを訪れた訳だったのだ。
インパスの暗示が現実味を増したことに、ユクは緊張からきゅっと口を結ぶ。
とはいえ、今まさに後を追う、チョッピ荒野に残されていた謎の足跡の主が敵ではないと分かり、ユクの気も少しは落ち着いた。
是が非でもマーニャを助けんと飛び出しては来たものの、勢いだけでキャパを超える魔物を相手はできない。
ただ、マーニャが何故気絶したミネアを残しこの廃城へ一人立ち入ったのかが引っかかるところではあるが、それは現状、答えの出しようもあるまい。
「あの、よかったらなんですけど。そうまでして、お二人はここに何を探しに来たんですか?」
当然といえば当然にして飛び出した質問に、ミネアは身をこわばらせる。
このユクなる同業者を、申し訳無いがまだ完全に信用したわけではない。
たまたま酒場で袖振り合ったのみ、ユクのことをもちろん良く知らないし、そも善人ですら、『進化の秘法』の前では目の色を変えるだろう。
あまりにもタイミング良く現れたことも不審である。
「………グランドラゴーン」
それでもわずかに悩んだ末に、一部をミネアが打ち明けたのは、ユクは信用に値する、そんな根拠のない占い師としての直感を信じてのことであった。
「?」
馴染みない単語に、ユクは首を傾げる。
「伝承、神話の中の存在です。ユクさんが知らずとも無理はない。500年前に突如、このアストルティアにその魔物の首がもたらされました」
何故首だけなのか、などとは聞いても意味はなかろう。
ユクは押し黙って続きに耳を傾ける。
「その首から今なお朽ちずに残る金色の骨、その一つがここにあるのです」
命を危険に晒してまで、何故求めるのか。
それは愚問である。
「わかりました」
ミネアの瞳に宿る、昨日マーニャの瞳に垣間見た強い決意は、けしてそれが金銭を目当てとしてのものではないと語っていた。
それだけで、充分だ。
かたや水晶、かたやインパス、一流の占い師が二人も揃っているのだ、複雑に入り組んだ通路も、幾重ものトラップも、本来であれば行く手を阻むそれら全てが無きに等しい。
やがて二人は、ケルビンという天才が練りに練って秘匿したギガパレスの心臓部へと、造作もなく辿り着いてしまうのであった。
続く