頭がはっきりしない。
幼い頃、高熱にうなされた時に似て、しかしぼやけた思考と裏腹に、この身はずんずんと勝手に暗闇を突き進んでいる。
ドラゴラムの効果時間はとうに過ぎているはずだ。
過剰使用による暴走状態…いや、であればこのように虚ろながらも考えを巡らせることなど出来ようはずもない。
身体中のひりつくような痛み、最初は至近距離で爆発に曝された事による火傷の痛みかと思ったが、そうではない。
ごくごく微弱なデインのような信号が脳から発せられることで身体は動いているのだと、いつだったかミネアが言っていた。
歩みを進めるたび、腰から爪先にかけてピリリと痺れる感覚がはしる。
肌から筋肉へ貫くようなこの疼痛によって、今自分は操られているようだ。
その仮説を裏付けるように、僅かに動かせる眼球で視界を巡らせれば、己が身は見たこともない真紅の体色に染まって…いや、変色したのではない、もとの紫の竜鱗の上に、何かがべったりとまとわりついているのだ。
「くっ…!?」
掻きむしり振り払おうと腕に力を込めるが、戒めるようにビリッと強い刺激が走って、自分の身体だと言うのにまったく自由が効かない。
思い起こされるのは、空に浮かぶ城からの砲撃の直前に垣間見た、紅いマシン系モンスター。
金属にしてはあまりにも艷やかな光沢をしていた。
今のあたしの肌と、同じ色だ。
砲撃を受けていたという事は敵対、侵略の意図があったということ、そして機械の依代を失い、今度はあたしの身体を操って目的を果たそうとしている。
どう見ても廃墟の古ぼけた魔城で探すものなど、そう沢山はあるまい。
………恐らく、コイツの狙いはあたし達と同じ。
姿の見えないミネアのことも気がかりだし、何よりもこのまま得体のしれない苺ジャムにいいように走狗とされるなど、まっぴら御免である。
「この…っ!!ふん、ぎぎぎ………!がっ…う!?」脚を止める、羽根を拡げる、再度体皮を掻きむしる事を試みる、先の痛みを恐れずありとあらゆる妨害を図るマーニャを、激しい雷がうつ。
記憶を構成するものもまた、脳から伝わり身体を動かす信号と近しい。
それは勿論、当のサンプル587も意図するところではなかったが、操りやすく気絶させるために内包するマーニャへ放った雷は互いを繋ぎ、気が付けばマーニャの意識は見ず知らずの記憶の中にあった。
(…ここは…何処…?)
マーニャの身体はごく微量な紅い液体になって、木のスタンドに固定されたフラスコの中に揺蕩っている。今のマーニャは耳や目はもちろん身体すらあるはずも無い、げに珍しき神の血の一雫なれど、フラスコに伝わる空気の振動、対象の肉体を巡る魔力の流れが頭の中で形を結んで、遥か古の光景をマーニャに追体験させるのであった。
続く