「…メモリー…キューブ?」
「そう。この金属体には、君の記憶と行動パターン、そして戦闘データが記録されている。バックアップというやつだよ」
客人の姿は、ジェルミの手入れ不精でわさっと拡がった白髪に隠れてよく見えないが、その穏やかな声と垣間見える若葉のように鮮明な黄緑の服装から、素材の調達の手伝いなど、ジェルミが長らく懇意にしている弓使いだと伺い知れる。
「バ…うん?すまない、言葉の意味がさっぱりだ」
「ハハ、そうだろうな。平たく言おう、これを使えば、レオナルド、君の複製を作る事ができるのさ」
「…それは…君の助手たちのような?」
ジェルミとレオナルドのほか、室内には3人、いや、3体のジェルミの姿があった。
額や手の甲、頬の真ん中など、それぞれに場所は異なれど真紅の宝石が肌から露出している彼女らは、錬金術の粋、魔法生物技術による精巧なジェルミのコピー体である。
白衣や作業着を身にまとい、ジェルミがレオナルドと歓談を続ける間も、忙しなく実験を続けている。
………ジェルミには、残された時間が少ないのだ。
「…違う違う。彼女らは、姿形が似ているだけで、私とは全く違う生き物、赤の他人だ。だが、このキューブをマシン系モンスターに埋め込めば、その個体はあらゆる局面で、君であればどう行動するか、それを忠実に再現する。まあ、君ほどの身体能力を発揮できるマシン系モンスターなんて検討もつかないから、差し当たって使い道がないのだけれど」
機械工学は門外漢だから自作もできないからなぁと、ジェルミは最後に付け足した。
「う、うん?…やっぱり解ったような解らないような…?」
「………歴戦の冒険者は、その存在それ自体が一つの宝だよ。この技術が画一されれば、機械人形を代わりに戦わせることで、その宝を危険に晒す必要がなくなる………君を、危ない目にあわせることも無いというのに、まったく不甲斐ないな」
危ない目に合わせたくないのは、勿論ジェルミの本音だ。
しかしながら、ジェルミは無二の友人を太陽の戦士団に参加させたくない一番の理由を、口にはしなかった。
「…全大陸から精鋭が集まってるんだ。むしろよっぽどここいらより安全かもしれない。ジェルミ、今からでも君も…」
ジェルミは身体が弱く、戦う力を持たない。
だがその頭脳と技術は間違いなく、戦士団の大きな助けとなるはずだ。
「………この子達はこの土地でしか生きられない。離れる訳にはいかないよ」
しかしジェルミの答えは、残念ながらレオナルドが期待したものではなかった。
ジェルミの子どもとも言える様々な自我持つ魔法生物達。
彼らはこの地の地脈エネルギーを糧としており、ジェルミの言葉の通り、この研究室の外ではその生命活動を維持出来ないのだ。
「…そう、だったね。今日は出立の前に、話ができて良かった。君の方こそ、くれぐれも、無茶はするなよ?」
もともと床に臥せりがちな友人だが、最近はことさらに顔色が悪く見える。
まあ、ドワーフの顔色の良し悪しなど、詳しく知るものではないのだが、ふわっと風に吹かれて消えてしまいそうな儚さが、レオナルドの気にかかる。
太陰の一族なる魔界よりの侵略者に対する防波堤、そしてひいては、レイダメテスの脅威排除、それは勿論、自分一人が加わったところでどうこうなる話ではない。
それ故に、気休めを言える性格ではないレオナルドは、出来るだけ早く戻るという言葉を持たない。
これがジェルミとの今生の別れとなるともつゆ知らず、研究室から去りゆくレオナルドの背中を、サンプル587はただただ見つめていた。
続く