『心残りがある。
レイダメテスの堕とし仔と自称する、ジェルミの子どもたちのことだ。
最近は傷の影響で意識が虚ろになる時間が増えた。
加えて老いたこの身では、もはや彼らを止めることは適わない』
僅かな正気を取り戻した時間。
手記を書き記す晩年のレオナルドは一度筆を休め、髪に隠れた側頭部の大きな傷痕に触れる。
「…そんなことを、ジェルミが望むと本気で思っているのか!」
「マスタージェルミは、私達に幸せになりなさいと言葉を遺された。私達はマスタージェルミを助ける為に作られた。マスタージェルミの為に働くこと。それが、私達の幸せ。だから、マスタージェルミが必要だ」「…っ」
この子たちは、どうしようもなく、子供なのだ。
不意に居なくなってしまった親に、ただただ恋い焦がれている。
それは普通なら、ただのありふれた悲しい物語で終わったのだろう。
しかし、彼らの手には、ジェルミ由来の錬金術の知識と、舞い込んだレイダメテスの破片という、このアストルティアを滅ぼしかねない力が握られてしまった。方法を見つけ、手段も手に入れた子供に、諦めさせることのなんと難しいことか。
ジェルミの子供たちを率いる3人のジェルミ複製体、アルファ、ベータ、ガンマ。
うちガンマはジェルミの魂を降ろす被験体に志願し、失敗の果てに命を落としたという。
残る2人を説得の為に探し求め、ようやく片割れのベータを見つけたが、懐かしい相貌に張り付いているのは激しい憎悪であった。
「貴方は私達の兄弟を、太陽を沈めた。いくつも石を砕いた。今や貴方は、私達の敵。それに貴方の代わりはもう在る。貴方が壊れても、マスタージェルミは悲しまない」
馬乗りに取り押さえたベータの語る代わりとやらは、きっといつの日かジェルミが見せてくれたメモリーキューブのことだろう。
違うのだ。
そうじゃない。
ジェルミは、本物には代わりがいないからこそ、お前たちを作った。
しかし、だからといってけして捨て駒にしようとした訳では無い。
アストルティアの民よりも強靭な身体や優れた能力は、何よりも子どもらの安全と幸せを願って与えたものなのだ。
しかし言葉は届かない。
想いは伝わらない。
もう、彼らとは分かりあえないのか。
ベータの眼前で引き絞った弓矢はしかし、放たれることはない。
そこにあるのは、頬から赤い宝石が飛び出していること以外は何一つ変わらない友の顔。
ジェルミが病の悪化を隠していることに、気付いてやれなかった。
何も知らずに太陽の戦士団へ参加している間に、彼女は逝った。
別れの日と変わらぬその顔へ矢を放つことなど、出来る筈がないのだ。
その逡巡が、仇となった。
隙をついてベータの放った呪文に頭蓋を深く抉られ、このざまだ。
しかしながら、悪足掻きはしてみるものだ。
既に作られてしまったものが一つ存在するのでけして楽観は出来ないが、子どもたちがやがて行き着くであろう『進化の秘法』に必要な『おうごんのうでわ』を作る術は錬金術師の少女の手を借り封印に成功し、加えてその材料となるグランドラゴーンの頚椎は全てここにある。
加工前では破壊が不可能、アストルティアから消すことは出来ないが、せめて代々これを封印しよう。
いつか子どもたちの目が、醒めるまで。
再び筆をとったレオナルドであったが、震える指は筆を取りこぼす。
時間切れだ。
………………………今日は何をする予定だったか?
そうだ、ゼタが待っている。
今日こそは将棋で僕を打ち負かすのだと、息巻いているのだ。
相手をしてやらねば。
ゆらりと歩き出すレオナルドを支えるように魔狼が寄り添い、1人と1匹はゆっくりゆっくりと客人の待つ縁側へと向かうのであった。
続く