パタンとケルビンは手記を閉じ、袖をまくる。
変わらぬ毛並み、サンプル587を経口摂取し充分な時間が経過したが、魔瘴に対するアレルギー反応の様子はない。
「………ふむ」
てっきりサンプル587もまた、魔瘴をふんだんに含むレイダメテスの破片を取り込み変質した魔法生物、『レイダメテスの堕とし仔』の一つかと思ったのだが、どうやら話はそう単純ではないらしい。
しかし、連なるものに違いはないだろう。
「まったく、厄介な事をしてくれた」
先祖の存在があって初めて、後の吾輩がある。
敬意ははらうが、『おうごんのうでわ』その製法は、封印などせず残しておいてほしかった。
しからばケルビンに伝わった3つのグランドラゴーンの脊椎のうち2つも手放す事はなかった、愚痴の一つもこぼしたくはなる。
「この手に取り戻さねばな」
この世は、でっかい実験場。
無くなってしまっては元も子もない。
それに、メタルソウラを完成させて初めて気付いたが、これは随分と、面白い代物だ。
遊び甲斐がある。
さしあたってポンコツぶりを遺憾なく発揮したメタルソウラの人工知能はかつて設計したケラウノスタイプの基礎設計に転用するとし、メタルソウラ自体は遠隔操縦タイプに改装しよう。
加えてもう一捻り欲しい………そうだな、ドラゴラムは大変に興味深かった。
動力源のグランドラゴーンの脊椎ももとを辿れば竜、いっそフレームにもウェディではなく竜の要素を取り入れるのはどうだろう。
名前は………『竜機械』
良いぞ、まとまってきた。
思考を巡らせつつ歩むうち、いつしか眩しい光が目に飛び込む。
「さて、最後の仕上げといこうか」
あの手の粘性生物は、生息地の空気やチリを吸収している。
すなわち、それの味と臭いは、この上ない情報となる。
サンプル587から感じたクロカビこぞうのような風味、一時勘違いをしたが、今あらためて思い起こせば、最後にふわりと、祖母の家のような田舎臭さがあった。
あれはクロカビこぞうではなく、ぬかどこスライムのものだったか。
その生息地と、サンプル587が魔力による情報共有が可能であった範囲を照らし合わせれば………
「ラゼアの風穴!」
やはり、知識は何よりも強力な武器である。
敵のヤサが割れれば、やることは一つ。
せっかくご機嫌な城を潰されたのだ、それ相応の痛い目に合わせてやらねば、腹の虫がおさまらない。
懐から取り出した端末を人差し指で弾けば、弾道飛翔兵器に改造された尖塔の一つが煙をたなびき遥か上空へと舞い上がる。
「これでよし」
相変わらず感情のこもらぬ目で満足げに笑みを浮かべ、展開したジェットボードドルボードにメタルソウラとニケツして飛び去るケルビンであった。
続く