ガタラ原野の外れ。
荒廃し大半が砂漠とかした地にあって、この場所だけが異なっている。
丘と呼ぶには遥かにこじんまりと半球体に盛り上がったそこだけが、青々と草が生い茂り、見るからに樹齢を重ねている3本の巨木が天へと伸びていた。
そんな、はるか昔に作られた『墓』の跡をじっと見つめているのは、ポップコーンのようにボリュームのある白髪を風に揺らす、緑の肌の女。
それはこの大陸の固有種、ドワーフの特色でありながら、四肢の筋肉はしまり、すらりと長く伸びて、身の丈はオーガのそれに近い。
頬から顔を覗かせる赤い宝石もまた、彼女の異形を物語っている。
「…清々しい風が吹く。ここは、良いところだね」
彼女のもとへ静かに歩み寄るエルフの少年もまた、外観からは判別がつかないが機械の身体をもつアストルティアの民ならざる者である。
「………ここへ現れた、ということは…」
「ああ。全て思い出した、いや、統合された、というのかな?久しぶりだね、ベータ。随分と、様を変えたじゃあないか」
彼女を見たのは母、ジェルミのラボの中、まだこちらがただの箱で、今のように自由に動かせる身体を持たない頃だ。
それは変わりもするだろう。
「………」
饒舌な少年に対し、ベータの無言の背中から、顔を見ずとも分かるほど確かな苛立ちが漂う。
「…あ~、『太陽』の破壊、冒険者たちに手を貸したことを怒っているのかい?仕方ないだろう。あれは明確な負け戦だったし、『太陽』は完全に制御を欠いていた。500年前にアレを封印した僕のオリジナルは、実に慧眼だったと思うよ」
少年の、よせば良いのに一言も二言も多いところは、実に忠実にオリジナルであるレオナルド然としていると言える。
当然、振り向いたベータから向けられるのは、旧交を温めるどころか、刺し貫くような視線である。
それを意に介さず、機械仕掛けの少年は塚の方へと歩み寄り、無防備な背中をベータにさらして跪くと、産みの親に祈りを捧げる。
「僕たちの、いや、彼女の願いを成し遂げる。その為にこそ、僕はここへ来た」
立ち上がり、ベータへ向き直ったハクギンブレイブは、一瞬の閃光ののち、深緑色の特殊スーツ姿へと変貌を遂げ、黄色いマフラーを棚引かせるのであった。
◇◇◇
『嵐がくるぞーーーっ!』
目を閉じれば、まだあのときのバルバトスの叫び声が聞こえる。
ジュレットの中央の広場に設けられた酒場のテラス席から桟橋を眺め、ミサークは遠目でも目に付く黄色いマスクに郷愁を覚えた。
「バルバトスのおっさん、今でも夢を追いかけてんだな…」
ミサークは感慨深げにつぶやくと、人差し指に引っ掛けた小さめの珈琲カップを傾け、口に苦味をしのばせた。
「………似合わん」
精一杯キメたミサークに対し、チームの姉貴分であるドワーフのウィンクルムは呆れ顔でバッサリ言った。
「…ゴ」
「いやホントなんだってば!」
その言葉を解することはミサークにはできないが、身体を組み換え椅子に転じて、ウィンクルムを乗せご満悦な携帯用ゴーレムのゴレムスもまた、疑いの眼差しをミサークに向けている…気がする。
「まあ、何だかんだ苦労人だものね。脚色は多分にあるんだろうけど………」
親から期待された魔法戦士団入りは体力測定の結果が振るわず潰え、滑り込んだ王立調査団では諸先輩がたに気に入られるもウェナの歴史に興が乗らないという致命的な問題を抱えて出奔、果たしてドワチャッカの神カラクリに惹かれて、各地を巡る………
自分ほどではないが、まあこの優男も飄々として見せているがその実、中々の惑乱に満ちた経歴を誇っている。
「誓って誇張表現はありません!何なら今から聞きにく!?」
「い~よい~よ面倒くさい。で?何だったっけ?」
ついさっき聞かされたばかりの冒険譚、しかし渾身のエピソードは既にウィンクルムの左耳から入って右耳へと清々しく駆け抜けているのであった。
続く