焼玉機関のような独特な音を打ち鳴らすドルボードに揺られること小一時間。
「顔のパーツどうしたの?」
「…梅干しが酸っぱくて」
辿り着いた古民家の軒下、久々に会う友人は、顔面の真ん中に特大のアスタリスクが浮かび、目も鼻も口も吸い込まれていた。
「得意じゃないのに何でまた…」
記憶が確かならば、じにーは梅干しが苦手であった筈である。
「いやほら、一年に一回くらいさ、もしかしたら味覚がアップデートされてるんじゃないかと、試してみたくなったりするじゃん?」
「………ちょっと分からないかな」
じにーの妙なチャレンジ精神には追い付けないが、小皿の上に並ぶメガザルロックのようなシルエットは、鮮烈な朱に染まり、形も大きくぷっくりと立派で、苦手意識があっても食べてみようかと思う程には魅力的ではあった。
「あげはさんもお一つ如何です?あ、梅干しの酸味が苦手でしたら、梅のジュースもありますが」
先客の柔らかな声に、これほどまでに立派な梅干しの出所に得心がいった。
リリィアンヌブランドのデザイナーの一人オスシの姉は道場を構えている。
疲れた身体に塩分とクエン酸補給、梅干しは重宝することだろう。
「あ、ありがとうございます。じゃあジュースの方を頂こうかな」
あげはもまた梅干しには苦手意識があるが、その赤がしみた白米など、梅の味自体は嫌いではない。
梅の酸味を氷砂糖の甘さで角を取り、更にはほのかにハチミツも香るすっきりとして冷たい一杯に、小旅行の疲れが流れていくようだ。
「意外と…重たいねぇ。ってか、どんだけあるの?」そこへ、言葉にこそしていないが、噂をすればなんとやら。
オスシの姉と妹、いなりとヤマがそれぞれに木箱を担いで現れた。
「あ、あげはちゃんおはよ~」
「どうも、妹がお世話になってます」
「いえいえとんでもない、お世話になってるのはこちらの方で…」
じにーのドレスを取材すれば、当然ながらデザイナーのオスシとも対面することとなり、自然といなり家三姉妹とも親しくなった。
古民家の横に木箱を積むとひらひらと手を振るヤマに、あげはは笑顔で一礼を返した後、ヤマの隣で頭を下げるいなりに向き直って、その高さをさらにくぐるように深く頭を下げる。
「ほらほら、皆休日なんだから、固っ苦しい話は無し無し!作業が山積みだよ、黙って働く!!!」
「お前が言うか!?」
「痛い!」
蜘蛛の子を散らすように腕を振るじにーの後頭部に、いなりの鋭い手刀が炸裂して、ようやく酸味にやられていたじにーの顔面がもとに戻る。
「………え~っと…作業…?」
はるばるやってきてみれば思わぬ大所帯に、ドンと積まれた3つの木箱、そして既にいい汗をかいているいなりとヤマ。
くわえて獲物を手ぐすね引いて待ってましたといわんばかりのじにーの顔に、嫌な予感をいだくあげはであった。
続く