「あ、そうそう、川沿いにお風呂もあるから、じにーとリーネさんには悪いけど、先に汗流しちゃおうか」家主が買い出しで不在の中で、流石にそれはくつろぎすぎでは、そう思ったが、まるでその行動を予期していたかのように浴衣まで4着用意されていては、この誘いに流されぬ方が失礼というものだろう。
既に設備を熟知しているいなりに先導され、岩造りの露天風呂へと向かう。
流石に4人ともなれば、少々狭く感じる浴場であるが、天然の源泉からひかれた湯はまさしく肌に噛み付くような熱さで、サウナの緩急よろしく、しばらく肩まで浸かっては足湯に切り替え、代わる代わるスペースを作って湯を楽しむ。
そうこうしているうちに、じにー達が戻ったのをドルボードのエンジン音で聞き取れた。
「あ!魚がはねたよ!」
「ヤマメ…いや、鮎かな?」
「皆で鮎釣りなんてのも悪くないねぇ」
すぐ横を流れる川のせせらぎが、耳まで心地良い。
「…お~い、そろそろ準備できるよ~!」
釣ったら囲炉裏で塩焼きに…想像できゅっと胃が動いたところで、じにーからの待ちに待った声が飛んでくる。
いそいそと浴衣に着替え、皆で囲炉裏を囲む。
丸皿に並ぶは、しっかり太さのある白葱に、エノキ茸と笠がぽってり肥え膨らんだ椎茸。
豆腐はあらかじめ焼目がしっかりつけられた硬い木綿、鍋といえば欠かせないシラタキに、色が白に偏る中で緑の見目鮮やかな春菊。
これだけ見れば、すき焼きの用意かと混同しがちだが、別皿に盛られた牛肉は角煮にでもできそうな厚みあるぶつ切り、そして昆布の出汁の満たされたピッチャーの他に、ピラミッドの如く鎮座する味噌が異彩を放つ。
「今日の晩飯は牛鍋です!」
昨年の年の瀬、いなり家ですき焼きを御馳走になって以来、個人的にちょっとした鍋ブームに陥っていたじにー。
春の足音も近付くどころか頭上を踏みならし通り過ぎている時期なれど、まだギリギリ、鍋が許される気候である。
今シーズンの鍋納めに、マイブームの火付けとなったすき焼きの原点を探ってみたというわけだ。
まだじにー家に仲間入りして日の浅い鍋なれど、今日までに何度かしっかりと鍋底を覆う量の油を垂らし、葉野菜を炒めるという油ならしの工程も経ており、八日市で出会った時より随分と輝きを増して見える。
まずは菜種油で油返しを終えた鍋に牛脂を落とし、塗り込むようにしっかりと馴染ませると、花びらを配置するようにそっと肉を置いていく。
たちまち脂が踊りだし、じゅうじゅうと手拍子をうつ。
食欲を刺激する音によだれを堪えつつ、用意した肉を並べ終えたところ、真ん中へどんと甘めに合わせた赤味噌を載せ、香り付けを兼ねた太ましい葱を2つ3つ味噌に埋めた。
配置が済んだところでいよいよ鍋のベースとなる昆布出汁を味噌の上から注ぎ入れれば、一気に旨味が香り立つ。
つまるところ、すき焼きと牛鍋の違いはここである。言葉の通り、すき焼きが肉をまず焼くのに対し、牛鍋は煮込むのだ。
さてここから焦りは禁物、囲炉裏の火力を慎重に見極め、火が通り僅かに縮み始める肉を寄せ、三分の一ほど空いた隙間に角切りの豆腐を忍ばせる。
牛肉と豆腐がスープの湯に浸かると同時、入水を待ちわびていたその他の具材たちを葱、きのこ類、シラタキ、春菊と順に加えてひと煮立ち。
「良し!お肉が硬くなっちゃう前に、頂きましょ~!!」
「「「待ってました~!!!」」」
これ以上は火が通り過ぎぬよう炭をずらして調整し、いよいよ宴が始まるのであった。
続く