しかし絶体絶命のその時、ミサークの灰色の脳細胞が閃きに輝いた。
「アレだ!…ええと、そう、ユクちゃん!!アレ、持ってるよね!?ピカッとしてゴロゴロッてする、アレ!!」
かつてミサークは、機能不全に陥ったゴレムスのメンテナンスに取り組んだ。
その時の記憶を辿れば、携帯用ゴーレムのコア、その内部構造には、アストルティアの民でいうところの血液の代わりにごく微弱なデインのエネルギーが用いられており、ゴレムスの折には、スティックにデインを帯びさせ、その先端で触れることで再調整を行ったのだ。
眼の前の相手はもちろん携帯用ゴーレムではないし、操るレンガもゴレムスのそれとは大きく様相が異なっている。
しかし、ゴレムスのそれを奪い取ったということは、近しい仕組み、それこそ、コアのようなものを体内か服の中に仕込んでいるに違いない。
ミサークはちょっと失礼、とユクのポーチに手を伸ばし、ソレでもないコレでもないとカードを引き抜き、やがて、目当ての1枚に辿り着き、ユクに手渡す。
「ああ、もう無茶苦茶な…」
真っ当なドローなど程遠い。
しかしそんな破れかぶれでも何とか、タロットカードの御業は発動してくれた。
『塔』のタロット、いささか細く頼りないが、避ける間もなく蒼光りする雷がベータをうつ。
「があああ…ッ…!」
絶叫とともに肉の焼ける匂いが僅かに漂い、眩しい雷光の中、ゴーレムの巨腕がバラバラに砕け散る。
ようやく雷が収まると、ベータはがくりと片膝をついた。
宙に浮くレンガが一つ残らず地に落ちたところで、ミサークは恐る恐るベータに歩み寄る。
「…すまん、やりすぎた。でもま、痛み分けってことで、な、ちょっと落ち着いて、話をしよう。目的によっちゃあ、こっちも協力出来るかもしれない」
戦端がひらかれていた以上、ひとまずはユクに加勢する他なかったが、もとよりミサークは殴り合いがしたかった訳では無い。
事情を知れれば、また対応も変わる。
なにせモンスターと違って、彼女とは言葉が伝わるのだから。
「…危ない!!」
しかしミサークの想いも虚しく、間一髪、ユクに襟を掴まれ仰け反ったところを、鉤爪のように連なったレンガが通り過ぎる。
「許さない!下等種族がよくも…!許さない、許さない、許さない…ッ!!!」
ダメージは確かにある。
今の攻撃は明らかにデザインがおかしかったし、振り抜いた先であっけなく瓦解している。
それでも、ベータはよろよろと立ち上がり、もはや拳とも呼べぬ、歪なレンガの巨塊を形成していく。
「ぶっ潰れろおっ!!!」
ベータが倒れ込むように前のめりになりながら腕を振れば、棍棒のような巨塊が加速しつつユク達に迫りくる。
「雷の方が、速い!」
ユクは鋭く指を伸ばし、ポーチに残されていた『塔』のタロットを振りかざす。
致命傷とはならないだろう。
しかし、術の乱れ具合からして、この一撃は戦闘不能に陥らせるに足るはずだ。
「…うそ!?」
一直線にベータを撃つ軌道を描いていた雷は、突如飛来し地面に突き立った槍に吸い寄せられ、狙いが僅かにそれてしまう。
続く構成するレンガをぼろぼろと撒き散らしながらも、なお迫る巨塊、無駄と知りつつタロットの盾を展開するユクと、せめてゴレムスを庇おうと抱きしめ、思わず目をつむるウィンクルムとそこに覆い被さるミサーク。
しかし、身構えた衝撃が彼らを襲うことは無かった。 続く