「ベータ。世間話でもして時間を稼げと言ったんだ」未だ地に刺さり雷を帯びたままの槍に続いて、ユク邸の2階の窓から降り立ちざまに、声の主が突き出した槍の穂先が寸分違わず巨大な拳の正中を捉え、瓦解させていたのだ。
鮮血をまとったガラス片を寄せ集めたような歪な槍は、嫌でも一同の目を惹く。
「今のは当たれば致命傷だったぞ。アルファの言いつけを忘れているようだな」
ヘルメット越しに鋭い視線がベータを刺す。
最後の力で腕を振り抜き、そのままに地へ伏したベータは、緑系統に統一された魔装姿を苦々しく睨み返すのが精一杯だった。
「………まぁ、いい。目当てのものは手に入れた。退くぞ」
巻きつけられた襟元から翼のように背中に伸びるマフラーを翻し、ハクギンブレイブは入手した手帳を懐にしまった。
ハクギンブレイブが自由になった手で地に刺さったままの槍を握って引き抜き、左右二振りの槍を交差させて背に負うと、決着を待ちわびていたかのように機械仕掛けの人馬が蹄の裏からジェット噴射の炎をあげつつ天から舞い降りる。
キラーマシンを思わせる青いボディ、しかしその下半身はたくましい馬を象り、ボウガンと一体化した左右の腕に、矢をつがえるための副腕が背中からそれぞれ生えいでた、四脚四本腕の異形。
「…まさか…サージタウス、なのか?嘘だろ、現存するなんて…」
ミサークもかろうじて超古代の文献や、遺跡内の壁画の中でのみ存在を知るマシン系の魔物である。
サージタウスは赤い1つ目にベータの姿をとらえ、副腕を伸ばして肩に担ぎ上げる。
ハクギンブレイブもまた、魔装を解くとサージタウスに跨った。
「…ま、待ってくれ!君、ハクギン君だろ!?ごましおの友達のミサークだ!ほら、大地の箱舟で一緒に…」
ミサークもまたユクと同じく、袖振りあったことのあるその姿に声を投げかけるが、走り始めたサージタウスは、もはや振り向かないハクギンブレイブを乗せ、やがて空へと舞い上がっていく。
「…ウォータースライダーを流れ去りたるは及ばざるが如し。今、出来ることをしよう」
とうに見えなくなった影に視線を送っていた3人と1体、いち早く立ち上がったのはミサークであった。
ごましおの憧れ、そして、烏滸がましくも大地の箱舟の暴走事件においては戦友となったハクギンブレイブの真意など、考えたところで答えは出ない。
ユクの手当ても中途半端である。
「…散らかされてるとは思うけど…立ち話もなんですから、どうぞ」
ユクの先導のもと、タロットによる爆発で歪んだ扉を無理矢理にこじ開けて、中へ入ろうとしたところで、はたとウィンクルムの足が止まった。
じとりとしたその視線が向かう先は、ゴレムスだ。
「ゴ~…」
奪われていた自身のレンガの他、ベータの残したそれをこっそり取り込み、元々のサイズに戻ったゴレムスは、何食わぬ顔でユク邸の玄関横に体育座りしていた所、ウィンクルムと視線がぶつかる。
「…ゴレムス。変な病気でも貰ったらどうするの。ポイしなさい」
「…ゴ!?」
驚きにビクリと巨体が跳ねる。
斑に色が混じり、グンと大きくなったその姿、逆にバレない理由がまったくないのだが、ゴレムスには見抜かれた事がとても意外だったらしい。
「ポイしなさい!」
「ゴ~………」
ちょんちょんと人差し指同士を触れ合わせておねだりしてみるも、これはゴレムスの為でもあるのだ。
ウィンクルムは揺るがない。
「ポイ、し、な、さ、い!!」
「ウィンの姐御が正しい。やめときな、ゴレムス」
ミサークにもやんわり言われて、ようやくゴレムスも諦め、愛らしいサイズに組み直る。
「よしよし、えらいえらい。いい子だね、ゴレムス」ウィンクルムがうんと背伸びして、腕もぴんと突っ張れば、なんとかその頭に手が届く。
この身長が、なんだかんだ、ゴレムスのサイズの最適解なのかもしれない。
続く