果たして、扉の向こう、上へ下へと引っ掻き回されているかと思いきや、割れた窓ガラス以外は出かけたときと変わらぬ様相に、ユクは逆に驚かされる。
「そう言えば、ハクギンくんは2階から飛び降りてきたか…」
見せてもらっても?と目線で問いかけるミサークに、ユクは頷きを返す。
ユクがソファにうつ伏せになり、火傷の酷いその背中に回復呪文を施すウィンクルムの二人を残して、ミサークは階段を登る。
2階に立ち込めるは、年季の入った紙の薫り。
ミサークにとっては好ましい匂いだ。
そして2階もやはり、1階と同様、目立って荒らされた様子は無い。
去りゆく前、背中越しではあるが、ハクギンブレイブが何かを懐にしまう様子が見て取れた。
それが恐らくは、ヤガミの残した、夢幻郷へ至る手がかりだったのだろう。
2歩も3歩も出遅れてしまった感は否めない。
せめて何か、関連する書籍でもあればと思うが、背表紙を見ていく限り、探偵の心得や、犬猫の心理についての論文、各大陸の建築様式などの仕事に関する書籍の他、ざっくばらんに娯楽小説や雑誌類、果てはグラビア写真集などが乱立し、散らかっていない以上は何処から抜き出されたかも分からず、ミサークは途方に暮れて階下へ戻る。
「お、何か判った?」
手当てはすっかり終わったらしく、ユクとウィンクルムはゆったりと緑茶の入った湯呑を傾けていた。
何とも緩みすぎとは思うが、窮地を切り抜け、思い出したかのように喉は渇く。
差し出されるまま、ずずっとまだ湯気の立つ緑茶をすすりながら、ミサークはかぶりを振った。
「まずは状況を整理しよう。なんで俺達がここへ来たのか、ユクさんに説明もせにゃならんし、な」
ミサークとウィンクルムは、ユクもその片割れと遭遇した怪しい二人組との接触から、かつて探偵ヤガミの残した手帳、ひいては、夢幻郷にまつわる情報を追い、古びた1枚のチラシを頼りにここまで辿り着いたことを詳らかに語った。
「手帳………手帳………」
話を聞き終えたユクは、ふらふらと夢うつつのように呟きながら、階段を上がり2階に姿を消してしまった。
「………ウィンの姐御、何か変な薬草でも使った?」「失礼抜かすんじゃないよ!」
心配する二人がやいのやいの言っているうち、やがて一冊の本を携えユクは戻って来る。
「やっぱり!ここに隠されてた手帳が、無くなってる」
作者不詳、『恋に落ちた竜』、その表紙をめくれば、くり抜かれたページ、ぽっかりと手帳が抜き去られた空洞が姿を見せた。
「おお!それにしてもよく分かったね?」
「まぁ…ね…あはは…」
誇るべきところなのだが、何処かばつが悪そうにユクは頬を掻く。
ミサークに負けず劣らずユクもまた本の虫、トイレとシャワーが屋外にある不便な居抜き物件を選んだのは、2階の蔵書が一つの理由でもあった。
既にほぼ全ての書籍に目を通しているがゆえの気付きであったが、とりわけ、件の書物に関して、『恋』という甘酸っぱいキーワードに惹かれて真っ先に手に取っていた事は勿論内緒である。
「よぉし、奪われたのは痛いが、この本と、周りの本を調べれば何か手がかりが…」
「…?別に、ここに入ってた手帳の中身なら、メモ取ってあるけど?」
このように隠されていた手帳、ユクが興味を抱かない訳が無い。
「…有った!たぶん、この辺りの話かな」
ユクは膨大なメモ帳の中からアレでもないコレでもないと引っ掻き回した末、その写し書きに辿り着く。
『金色の頭骨、その封印の道行きを辿る。そうすれば、夢幻郷への扉は現れる。問題は鍵。竜の巫女?末裔?』
「…すごい…さすが占い師…」
「占い師関係なくないかい?でも、本当に助かるよ」「う~ん、でも、ほんとになぐり書きって感じで、メモした時も少しは調べたんだけど、具体的なのか抽象的なのか、いまいちピンと来ない言葉ばかりで…」
ユクの言う通り、確かに現状、ヤガミの言葉には不明な点が多すぎる。
しかしながら確実に大きな一歩を踏み出した3人なのであった。
続く