「………自己保存の原則くらいはインプットされているものと考えていたが…この有り様、モードレオナルドを何秒、いや、何分使用した?」
ケルビンは倒れるように作業台に寝転がったハクギンブレイブの姿を見るなり、眉間に深くシワを寄せた。「見ればわかるんじゃないか?」
魔装を解いたハクギン少年の姿、その関節のそこかしこから、僅かに黒煙が立ち昇っている。
ベータの性能限界を超えた魔造術、そこからくるメガトンパンチを受け止めていなすには、真紅の魔槍、プロトケラウノスを振るうしかなかった。
槍術は、構造的負担の多いモードレオナルドでしか扱えず、更にはプロトケラウノスの一突きをもってしても相殺しきれぬダメージはハクギンブレイブを蝕み、挙げ句、その後ベータと別れ、遥か空の上にて一仕事まで済まして来たせいで、身体は限界を迎えている。しかし、立ち止まるにはまだ早い。
やるべき事が多過ぎる。
「吾輩は天才だが、そこまで万能ではない。目的を果たす前にスクラップになりたがっているのは、よくわかるがね」
嫌味を応酬しながらも、ケルビンはテキパキと工具を手に取り、ハクギンブレイブのメンテナンスにとりかかる。
「それでも貴方なら何とかしてくれる、僕が無理をするのは信頼の裏返しだと捉えてほしいな」
「信頼、ね?お目付役を用意しておいて、よく言う」頭上のスキップフロアの柵にもたれかかり、怪しい動きは無いかと、こちらをまんじりともせず睨むように見つめる灰の髪の少年を指して、ケルビンは呆れ返る。
件の彼は、ケルビンと少なからず、良くも悪くも縁のある少年だ。
一時的に出し抜くのは容易いが、いたずらに面倒事を増やすものでもない。
お目付役として見事にその役目を果たしていた。
頭脳と腕は一流、しかし悪人は悪人だ。
ケルビンがレオナルドの子孫であるという理由で手放しに身体を預けられるほど、ハクギンブレイブもお人好しではないのだ。
「あれは無事、おきょう博士の手元に渡ったのかい?」
「あれ………ああ、あれか?問題なかろう」
フレームの歪みを直しながらでは、どうしても生返事となるのは致し方ない。
「君からの報告書なんて、目を通さずに捨てられてないだろうね?」
「ふん、それはまあ五分と五分だが、しかし、縁あるお前の名前がそこにあれば、アイツは必ず目を通す。そういう奴だ」
ちょうど、あとは自己修復機能に委ねられるラインまでの応急処置を終えケルビンが手を離せば、ぱっくりと開いていた各所が閉じていき、傷跡一つ無い肌に巻き戻る。
「もし目を通しているならば、そろそろ…いや、既に奴らは動いているぞ」
「分かってる。アカックさんは仕事が早いからね。だから急いで修理をお願いしたんだ」
特にダメージの大きかった右腕の挙動を確認し、作業台から跳ねるように起き上がる。
「…さて、ケラウノスは首尾良く運んでくれているかな」
ハクギンブレイブは乱暴に脱ぎ捨てていた着物を拾い上げまとうと、未だこちらを見守るハクトに一礼すると、サージタウスに跨り空へと消えるのであった。
続く