「…う~ん…まぁ…わざとぶつかったわけじゃないんだろうし…」
「ちょっとじにー、黙ってて」
当事者の責任からか、重苦しい空気を恐る恐る破ったのは、じにーであった。
しかしながら、寛容に済ませてしまおうとする雰囲気を感じ取り、リーネがすかさず口を封じる。
「ええと…そういえば、ちゃんとした挨拶もまだだったね。初めまして、私はリーネ」
「はじめましてアストルティアのたみ わたしはずっきんこ」
未だにずっきんこの手にはイセのあかいムシが握られているため、握手の代わりにリーネはぺこりと会釈した。
気になることはままあるが、怪我の心配もなくなり、ようやく真っ当な会話に漕ぎ着けてほっとする。
「それではずっきんこちゃん。賠償の話をしましょう。まず、ずっきんこちゃんは、イセエビにどれだけの価値があると思ってるの?」
「みてくれ この ピンとのびたヒゲ!これだけ りっぱなのだ。こっかよさんに ひってきするだろう」ずっきんこの瞳は自らの発言に対する自身に満ち溢れ、こちらを騙そうというつもりは微塵も感じられない。
「…はぁ。残念だけれど、そんなに価値はありません。高級な食材なのは、間違いないけどね。ここの屋根はね、茅葺きといって、とても手間ひまがかかっているの。だから、イセエビ2匹とじゃ、釣り合わないわ」
「なんと!?」
「だから、住所を教えてちょうだい。然るべき職人に見積もりを出させて、金額を連絡するわ」
「むむ。ぜんせんきちのばしょか。よかろう いたしかたあるまい」
ずっきんこは上司に伺いを立てる必要を一瞬考えたが、素直に提案を受け入れた。
臨機応変な対応こそ、異星人とのコミュニケーションには重要なのである。
「しかしだ。このほしの かへいの もちあわせが ないのだが」
「見たところ、そのさかなぶくろも獲物でパンパンみたいだし。良い買い手を紹介するわ。それでゴールドは工面できるでしょう」
「それはありがたい!」
食料はアブダクションで何とかなっているが、現地の通貨の獲得はきんこ星人の一つの課題でもあった。
賠償は痛いが、これもまた大きな一歩といえよう。
「そしてその3割を勉強代としてじにーから私がもらいます」
「…おおいッ!?なんそれ!?」
突然降って湧いたコンサル料に抗議するじにーであるが、鎌首もたげた右拳から伸びる人差し指を、ビシッと眉間に突きつけられてたじろぐ。
「あのね!?そもそも自分がどれだけ不公平な取り引きをしようとしてたか分かってる!?そういうのはね、皆を不幸にするの!1度あったことは2度あるのよ!?ずっきんこちゃんが次に事故を起こしたとき、相手がまた貴女みたいに優しい保証はないんだからね!?」
実をいうと、墜落は既に2度目、2度あることは3度あるとの補足は蛇足であろう。
落ちた先がじにーの家の茅葺き屋根で、まだ良かった。
仮に、バグド王の寝所なぞにアポ無し突撃訪問をかまして、イセエビ2匹で済まそうなどとしていたら、流石にそこまでは思慮深いリーネといえど考えが及ぶ由もないけれど、うっかり宇宙大戦争の火蓋がきって落とされかねないのである。
正しい価値をずっきんこが理解することは、つまるところ宇宙平和に繋がるのだ。
「とりあえず、一件落着、なのかな?」
とりあえず荒事にはならず、あげはもほっと胸をなでおろす。
「それはそれとして このイセのあかいムシは ぜひうけとってほしい!ゆうこうの あかしだ!!」
「そう、それなんだけどね。ずっきんこちゃんにもう一つ提案がありま~す」
リーネはじにーの眉間を突いていた指をぴっと立てて、ずっきんこに微笑みかける。
「なんだ?」
「すぐに飛び立てるというわけにはいかないよね?そのさかなぶくろの中身を、提供していただけないかな?勿論、私たちからは、肉と野菜を提供するよ。つまりは、今から一緒に、バーベキューしようよ!!」
憂いが去れば、残るは仲良く腹を満たすタスクだけである。
「ばーべきゅー?ほんやくきに ないことばだが なぜだかそそられる」
「きっと楽し~よ~!」
「もともと食べ切れそうにないくらいあるしねぇ」
「いいねそれ!やろうやろう」
時折、ずっきんこの熱い眼差しがイセエビに向かっていることにリーネはもちろん、皆も気がついていた。
「ということは イセのあかいムシ!たべていいのか!?」
「もちろんよ!」
「ふっふ!!ふっふ!!」
きっと大好物なのだろう。
ずっきんこにとってイセエビを差し出すのは、よだれが口から溢れそうになるのにも耐えて、断腸の思いでの提案だったのだ。
友好の証であるというならなおのこと、仲良くわけあってこそ意味がある。
小躍りして喜ぶずっきんこを、にこやかに見守る一同であった。
続く